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 ケータイが震えたのは夕食も終わった頃だった。  反射的にびくりと身が震え、「もしかしたら」なんて期待する。“誰から”の連絡を期待していたのかは、陸斗(りくと)本人でさえハッキリとは分からなかったけれど。  ただ、隼也(しゅんや)からでなければ良いだろう、という思いは確かにあった。隼也からであったとしても「もう諦めた」「もう止めた」という連絡なら、本当に「願ってもない朗報」なんだけど……あの調子を見るに、それは期待できそうにないし。  期待しつつも、「期待するな」と言い聞かせて。表示名が隼也である事態を警戒して。  そうして表示されている名前を見た時、「え!?」陸斗は思わず驚きに声を上げて、反射的にケータイを投げ捨てそうになった。人間、「予期せぬ事が起こるとバグる」、なんて言われているけれど、今の陸斗は、まさにソレだ。  辛うじて投げ捨てる事は堪えたけれど、あがった声は大分大きかった。ここが個室で良かった。大部屋だったら間違いなく迷惑だ。そもそもその場合、電話を使う気もないんだけど。  海里。  液晶に表示されているのは間違いなく海里(かいり)の名前だ。思わず2度3度と見直す。その間に表示されている名前が変わってしまう、なんてことはなくて、海里の名前が変わらず液晶に浮かんでいた。  確かに最近少し言葉を交わせるようになった。それでも向こうからの電話となると、やはり話は変わってしまう。罪悪感。胸の高鳴り。緊張。そしてやっぱり「感じていない」と言ったら嘘になる……「嬉しさ」。  今までは見慣れた、当たり前だったコレが、こんなにも幸福なものだったなんて。こんなにも痛いものだったなんて。とは言えその感情を噛み締めるのは後だ。あまり待たせては海里に悪いに、切られてしまうかもしれない。  最悪、陸斗が「海里と話す気なんてないと思ってる」なんていう、誤解をされかねない。それだけは避けないと。  普段の数倍震えている手で通話をタップ。おそるおそるケータイを耳に当てる。 「もしもし? 海里?」  発した声は、自覚できるくらいに情けなく震えていた。 「お前は本当、タチが悪いな」  そして電話口から聞こえてきた声に、陸斗の心は、血液は、全身は、凍り付いた。

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