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「まあ、コレは約束を破ったと判断して良いよな? オレのお願いを無視したらどうするかって、教えたよな?」  電話向こうから聞こえる声が、どこか弾んでいる。まるで楽しそうにも聞こえた。おかしいっすねぇ、明らかに声のトーンは苛立っていそうなのに。  そもそもコレが海里(かいり)のケータイからされてる連絡っていうあたりで不利だ。「最悪」の可能性だって考えた方が良い。 「……海里に手を出さないでほしいっす」 「約束を破ったのはそっちだろ?」 「……頼む、頼むから」  懇願する声は震えていた。隼也が聞き入れてくれるなんて思わないけれど、そんなことさえ思えないほどに陸斗(りくと)は焦っていた。  もし隼也が今考えている「ナニカ」を止めてくれるなら。別にこの腹を何度抉られたって構わないっていうのに。  隼也には見えていないだろうに、ケータイを持っていない左手が自然腹の傷を抑えていた。「お願い……お願いします……」と、うなされるような、弱々しい声しか出てこない。  ああ、なんて情けないんすか。グッと身を屈めて、頭を下げる姿勢になった。傷口が押されて、うめき声が漏れた。 「そうだなー。取り敢えずお前が病室を抜け出して、誠意を見せてくれれば考えるよ。海里の病室、分かってるだろ?」  罠だと思わないワケではなかった。頭の片隅で、どこか冷静な自分が伝える。「どうせ罠だ」「隼也は検討する気なんて無い」。思いながらも陸斗は強くケータイを握り締めた。 「分かった。今から行くっすから、海里にはなにもしないでください」  腹が痛むのも気にせずベッドから落ちる様に飛び下りれば、そのまま駆けだした。「お願い、お願い」とほとんど無意味に思えるような、虚しい願いを抱きながら。

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