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「オレのことなんてどうでも良いんすよ! アンタの方が重傷じゃないっすか!」
「どうでも良くねぇよ……。な? 頼む、陸斗 。オレなら大丈夫だから」
震える声で今にも泣きそうに懇願されても、こればかりは聞けない。「はいそうですか」なんて引き返せない。
もちろん、陸斗がここにいたところで何が出来るかと問われれば「何もできない」かもしれないけれど、それでも。それでも、今の海里 を放ってなんておけなかった。
怪我だってたいした事ない。海里が大袈裟なだけだろう。事実腹部の痛みはもう、なにも感じていない。
「はぁ。それだけの余裕があるんだから、月藤 を壊せたと思うんだけどなぁ」
「アンタのお願いを放棄したのはオレっすよ。恨むならオレを恨んで、オレに手を出すべきじゃねぇっすか?」
「お前を恨んでるから、お前の弱い部分を突いてるんだろ?」
にっこり、なんて。
そんな効果音が付いてきそうなほど穏やかな笑顔を隼也 が浮かべる。浮かべながら、手にしていたナイフを少し動かした。
「止め、」陸斗の叫びなんてもちろん聞く気配を微塵も見せずに、ナイフの切っ先が海里の頬を軽く伝う。軽くと言っても相手は鋭利な刃物だ、人間の頬を裂くなんて十分で。痛みに耐えるように海里が強く目を瞑って、海里の頬には赤色の液体が伝った。
痛い筈なのに。痛いのに。それでも海里は陸斗を見つめると、「ね?」言いながら首を傾げた。
「オレはこれくらいのケガしかしてないから、かすり傷だから、だから陸斗。お前は、お前は幸せになってほしいんだ」
「アンタがいないのに、幸せになんてなれねぇっすよ! 海里を放っておいて逃げ帰った先に、幸せなんて絶対存在しない!!」
血のニオイが濃くなるのを感じつつ、なんだろう、上手く足が動かせないのを感じながら、それでも陸斗は病室の奥、海里の方へと足を運ぶ。
ねぇ。ねぇ、海里。あの家に、2人の家にさ。違う、いずれ3人の家になるんすかね? ガキは嫌いだけど、今度は空斗 とも上手くやれそうな気がする。海里の海とオレの陸。だから空斗。あの時は「良い名前っすね」さえも言えなかったけどさ。
「一緒に! 一緒に帰るんすよ、海里」
「陸斗……りくとぉ……」
海里が必死に身をよじる。痛いだろうに。陸斗も懸命に手を伸ばした。なぜか腹を抑えていた左手は、真っ赤に汚れていたけれど。
だから、陸斗には余裕がなかったのだ。傷だらけで、あらぬ方向に手足が曲がった海里を見て。
腹の傷から血が溢れて、服を汚していてもなお、痛みを微塵も感じないほどには、なにもかも麻痺していた陸斗には。
「はっ」
隼也の乾いた笑いが1つ、振ってきた。それさえ気にも留めずに、海里を自分の腕に抱こうと、隼也から引き離そうと腕を伸ばす陸斗に。
海里の服装まで、注視している余裕は、なかった。
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