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 ソコから先の事を、実は、陸斗(りくと)は、よく覚えていない。  陸斗の手が届くより先に、「やだぁ…!」嬌声混じりの悲鳴が上がった。いよいよ届こうとしていた手は海里(かいり)に届かない。  今まで……「あの時」でさえ聞いた事のない、悲痛で、苦しげで、恨みに満ちた嬌声が陸斗の耳を刺す。  ソレを掻き消すように、隼也(しゅんや)の声が空気を震わせる。「あれあれぇー?」なんて切り出し方からバカにしてると分かる声音で。 「アイツに壊されたっていうから、もっとガバガバだと思ったんだけどなぁー。実は最近ご無沙汰な感じ?」  何をしてる。コイツは、コイツは何をしてるんだ。  混乱の最中、ゆらりと陸斗は海里と、やけに海里に密着している男に近付いた。寒い。寒いというのに、酷く暑い。  男が構えていたナイフが自分のどこかを捉えたのを視界の片隅で確認。しかし一切構わずに手を伸ばして。  陸斗の記憶も意識も、ここで消えている。

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