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 言い終えて少年は、心底から「自分を責めています」と言った表情を見せる。さっきからそんな顔ではあったから、「自責の念が悪化した」とでも言えば良いのだろうか。  そんな顔もすぐに伏せられてしまって、陸斗(りくと)の位置からでは丁度表情が窺いにくい。ましてや点滴などに繋がれたり、腹の傷を抱えて、行動が多少制限されているとなれば尚更。  だけど顔を見ずとも、どんな顔をしているかは何となく分かった。  小刻みに震える細い肩や、なにかに耐えるように強く握られた拳が、雄弁に語っている。「オレは今、自分の発言を責めています」と。  なるほど、記憶が混濁しているらしい人間に向かって「覚えていないからそんな事を言えるんだ」なんて言うのは、失礼と言えるだろう。  陸斗はここで怒っても良いのかもしれない。  けれど「失礼だ」なんて思わなかったし、もちろん、怒る気になんてなれなかった。 「顔、上げてほしいっす」 「上げられません。オレは今、最低な事を言ったばかりです。陸斗さんに対してこんな事ばかりしていて、平然と陸斗さんの顔を見られるほど、オレは図太くないんですよ」  責めているような言い方にならないようにと、努めてやさしく言ったつもりだし、我ながら成果もあったと思う。しかし、顔を上げさせる効果はなかったようで、少年は益々深く項垂れてしまう。  これなら厳しく「顔を上げろ」とでも言った方が良かったっすかね? ふとそう思ったが、なんとなくこの少年相手にはキツい事を言えない。  ……無論、海里(かいり)の名前を出されれば、誰が相手でも感情のタガは外れて、理性も思考も、あるいは本能さえも陸斗の制御下を離れたかのような心境になるけれど。それはなにも、この少年に限ってではないし、ノーカウントだ。 「最低な事だなんて、思ってないっすよ。それに覚えてる覚えてないとか置いといて、アンタのせいだとは思えないんすよね」  この少年に「嫌な感情」は湧き上がってこない。陸斗の中で強い憎悪を感じるのは2人であり、そのどちらにも、この少年は含まれていなかった。  だからきっと、自分に記憶が全て残っていたのだとしても、陸斗は同じことを言った。そうはっきりと確信しながら、陸斗は少年に伝える。 「陸斗さんのバカ。やさしくする相手を間違えています」  ぽろぽろと泣きだしてしまった少年を見ながら、「やっぱこの子もなんだかんだ言って普通の子なんすよねぇ」なんて、ちらっと頭の片隅に過ぎって。  しかしそれは、陸斗の中で違和感になる暇さえなく、すぐに消えてしまった。  ただ、自然と表情筋が動くままに任せて、陸斗は、そっと少年に微笑みかけた。

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