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かつて幸せだったものと、その破片と、

 (みなと)から聞かされた話を陸斗(りくと)は頭の中で反芻し、何度も何度も噛み砕く。時間を掛けてゆっくりと。そうして、確実に飲み下すために。  不思議と聞いている間も、半数作業の間も、腹の痛みはなかった。「原因」と言えば「原因」だ。なるほど、あの少年があれだけ「オレが悪いんです」といった態度を崩さず、港が「悪くないと思ってもらうのは難しい」と言ったのも納得する。  それなら腹が少しは痛んでも良さそうだし、少しは怒りを抱いても良さそうだろうに、少年への怒りは微塵も沸いては来なかった。  海里(かいり)を幸せにしたい人間としては、恨むべきなんだろうか。……なんとなく、“こっち”で正解な気がするっす。 「あの子が……えっと、紗夏(さな)くんだっけ? 紗夏くんが自分のせいだ、みたいな言い方をする理由は分かったけど、納得するけど、でもやっぱ、オレとしては紗夏くんが悪いように思えないんすよねぇ」  港が教えてくれた少年の名前を繰り返す。なんとなく、違和感があるのは、多分記憶から紗夏が抜け落ちてしまう前は呼び捨てにしていたからだろうか。理由は察せても今の陸斗にとっては初対面である紗夏を呼び捨てにしてしまうのは、なんとなく躊躇われた。  結果として陸斗は紗夏を、紗夏との約束を守って、結果。  さすがに隼也(しゅんや)という名前らしい、陸斗を刺した犯人のことを思い出そうとすれば、頭痛や吐き気に襲われ、腹は裂けるんじゃないかというほどの痛みを訴えたから、情けないけれど、早々に思考を打ち切ってしまう。  ただ「それでも」と、痛みや気持ち悪さに喘ぎながらも、「やっぱり」陸斗は言葉を続けた。 「悪いのは、その、隼也ってヤツじゃないっすか。紗夏くんも傷付けて、あの柚陽(ゆずひ)にそこまでさせて。柚陽の愛も理解できないっすけど、ソイツの愛なんて理解できないし、したくもないっすわ」  そっと腹部に添えた手が血に染まっているようなことはなく、裂けるほどの痛みだったのに錯覚だったのだと悟る。  結局「こう」なってしまったのは、紗夏のせいではない。柚陽のせいですら、ないかもしれない。  考えるのも嫌な隼也という男のせいか、あるいは、元凶を探れば。そこまで考えて陸斗は苦笑する。 「それと、間違いなくオレが悪い。柚陽にまんまと騙されて、海里を信じることが出来なかった。幼稚な独占欲で海里にひどいことを言った。オレが1番の元凶っすわ」

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