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 「警戒すべき人間」、それも、「今」。  (みなと)の言葉は嫌でも陸斗(りくと)を身構えさせた。だけどソレは、確実に襲われるだろう腹の痛みに対してではない。まだ記憶があやふやなりにも、海里(かいり)のために出来る事なら、オレだって覚悟くらいしておきたいんすわ。  たとえソレが、償いにもならない、ただの自己満足でも、と。陸斗は今までなら腹を抑えていた手を、強く拳の形に握り締めた。  記憶はあやふやでも、分かっていることはある。  この手は、あるいは今度こそ「この手そのもの」で海里を傷付けなかったかもしれない。でも、この手は海里を守れなかった。それに変わりはない。  そして結局は、守ると決めていた、あるいは約束していたらしい、紗夏(さな)という少年のことも。  少しは守れたのかもしれないけど、物理的な傷を付けはしなかったかもしれないけれど、結果として傷付けた。  そうしたことは、記憶があやふやであろうと、腹の傷が、海里や紗夏の現状が、なにより痛む心が語っている。  結局オレにはなにも出来ないのかもしれないっすけど。壊すことしか、出来ないのかもしれないっすけど。それでも、それでも、と。 「今のお前は海里にとって無害だ。あの時のお前は柚陽(ゆずひ)に騙されてただけ。柚陽を本当に愛していたお前が、ああするのは、今思うと分からない話でもねぇよな。お前はあくまで、大切な人しか見ちゃいねぇんだから。だから今、あの時の事を持ち出すつもりはねぇよ。柚陽についても……同じだ」  港は一瞬だけ視線を迷わせて、目に「迷い」の感情を灯して、それでもきっぱり「同じ」、つまりは「今、持ち出すつもりはない」と言い切った。 「今の柚陽は、基本無害だ。アイツの興味や愛情は今、紗夏に移りつつあるし、アイツがあそこまで恨んでるのは、隼也(しゅんや)に対してだけ。仮に紗夏が自分を責めていて、その原因に陸斗がいようと、アイツが“愛”以外で暴力に奔るのは、隼也以外に有り得ねぇから」 「……だから、今、警戒すべきなのも」  隼也。  その名前を聞く度に、同じ場所を寸分違わず、けれど以前より深く差し込まれている感触に、脂汗が滲む。もちろん、実際血なんて流れていないんだけど。  それでも、と。残念ながら声はみっともなく震え、掠れていたけれど、陸斗は意識を保って言葉を紡ぐ。 「隼也、ってこと、なんすね」

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