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「お邪魔するよー。お見舞いに来たんだぁ」 「……アンタは相変わらず元気っすねぇ。つーか、アンタの方は大丈夫っすか?」  少し耳に響くような、明るく弾んだ声に、陸斗(りくと)は思わず苦笑を漏らす。なんか、耳がキンキンするっていうか。  わざとらしく耳に手を添えながらも、陸斗は気になっている事を問い掛ける。  「元気いっぱい!」と言うようにドアを開け放って、明るく無邪気に用件を告げるのは、すごい童顔。だいぶ苦々しいものだけど、記憶にもはっきりと残ってる柚陽(ゆずひ)だ。  柚陽も「それなりに色々あった」というのは、ぼんやりとした記憶の中にも残っている。中には腹の痛みを伴うものもあって、思わず目を伏せたくなってしまうけれど。  陸斗のそんな反応は意外だったんだろうか。こてん、と首を横に倒して、きょとんとする。いつも通りの仕草。こればかりは「かわいこぶってる」ってワケじゃないだろう、柚陽の素。  なにか疑問に思ってるんだろうけど、なにが柚陽の中で分かっていないのかが、陸斗には分からない。思わずこっちまで首を傾げそうになったところで、柚陽の大きな目がふいと扉に向けられた。 「うーん、オレとしても本人を前にこんなこと言いたくないんだけど。……りっくんさ、記憶があやふやになってるんじゃなかったっけ?」 「アンタ、結構ハッキリ聞くっすよねぇ。“ぶる”のを止めたから? まあ、アンタの言う通り、抜けてる記憶はあるっすよ。多分1番大事だろう事も忘れてるっす。我ながら情けないなぁ、とは思うけど」  自然腹部に手が伸びていたのは、柚陽にも分かったんだろう。  元から大きな目を更に大きく見開いて、でもすぐになにか納得したように、「そっかぁ」と呟いた。 「オレもなにがあったか正確には知らないけど、まあまあ納得できない話でもないよね。オレだってりっくんの立場だったら、色々忘れていたかもしれないし。でも、オレのことを覚えていたのは、ちょっと意外だったかなぁ」  柚陽のその様子に、思わず苦笑が浮かぶ。確かに柚陽のことは忘れていてもおかしくない記憶かもしんないっすけど。  でもやっぱり、覚えていて、償わなきゃならないんすわ。それはもちろん、「隼也(しゅんや)」という名前のソイツにしても。 「紗夏(さな)のこと、忘れちゃってるみたいだから、てっきりオレも忘れてるのかと思ったんだよねぇ」 「ん、アンタの事は結構抜けてないんすわ。多分さ、アンタの地雷を踏み抜く覚悟で聞いて良い?」 「紗夏と、あのクソヤロウ……隼也のことでしょ?」  ずきりと痛む腹部に思わず顔をしかめるものの、陸斗ははっきりと頷いた。  そんな陸斗の反応を見て、柚陽は無邪気に笑う。でも、どこかその大きな目には、憎悪と、どこか同情のような、陸斗を気遣う様な光を宿して。

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