513 / 538

 柚陽(ゆずひ)のことは大体覚えている。記憶があやふたになってしまっている以上、「大体」なのか「全部」なのか、実はコレさえ「極1部」なのか正確には分からないけれど。でもまあ、アレも覚えている以上は「大体」か「全部」かで問題はなさそうだけれど。  そんな柚陽のことを、陸斗(りくと)としては確かに、「自業自得っすよね」なんて思う反面、恨みが絶無だとは言えない。  ただ、柚陽のした事を考えた上でも、 「少なくとも隼也(しゅんや)に関しては、アンタが嘘言ってるとは思わないんすわ。……いや、ちょっと違うかなぁ」  隼也。呼ぶ度に歪んだ顔に柚陽は苦笑した。 「別に無理して名前呼ばなくて良いよ。オレだって聞きたい名前じゃないもん」 「あー、受け止めなきゃ、とは思ってるんすけどねぇ。情けないけど、今はお言葉に甘えておくっすわ」 「うん、そうしてそうして」 「で、ソイツの事についてはアンタ、嘘言わないと思うんすわ。いや、違うかな。アンタ、紗夏(さな)くんのことに関しては正直だと思うんす」  柚陽の顔に浮かぶ感情が、一瞬だけ単純なものになった。「驚き」だけに。  でもすぐに、余裕そうな微笑みと、大きな目には恨みや後悔や、そんなものをないまぜになせて。  それから、小さく頷いた。方向は縦に。 「紗夏はオレの大事な大事な代用品。もしかしたらもう、代用品、なんて言えないかもしれないなぁ。海里(かいり)のためには捨てられなかった信条が、紗夏のこととなったら簡単にポイッって出来たもん。まあ、元からアイツが嫌いだったからかもしれないけど」 「なんつーか、アンタからそんな言葉聞けるとは思わなかったっすわ」 「えへへー、オレもびっくりだよぉ」  柚陽は、ヘラッと笑ってみせて、それからすぐに真面目な顔に転じた。  何かの覚悟を決めた目。まるで大きな瞳は、人を殺さんばかりの光を宿している。 「アイツはまだ、紗夏を狙ってる。りっくんと海里を巻き込んでも、まだ足りないみたい。もっともっと巻き込むかもしんない。それを見て紗夏が傷付くのも、嫌なんだよねぇ。紗夏を傷付けるのも、守るのもオレだけで良いもん。……だから、だから、りっくん、お願いだ」  ふわふわの髪が揺れる。柚陽が頭を下げたのだと、遅れて気付いた。  まさかそんな柚陽を見るなんて。マンションの件についても「愛だもん」なんて言いきっていたのに。  戸惑って言葉をなくす陸斗に構わず、柚陽は頭を下げたまま、「お願い」。再度、そう口にした。 「オレがもし、“オレとして”紗夏の前に戻ってこられなかったら、海里とりっくんに被害が及ばない程度で良い。オレの代わりに紗夏を守ってほしい。お願い、守ってください」

ともだちにシェアしよう!