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「嫌っすね」
頭を深々と下げたまま、どこか震えてさえいる声でそう言った柚陽 に、けれど陸斗 が返したのは、文字通りに「きっぱりとした」否定だった。
寸分の迷いもない。一瞬たりとも答えを考えた様子はない。
まるで柚陽が頭を下げ、陸斗に、こちらも文字通りの「懇願」をしている間、既に答えを、「嫌っすね」と同情も、慈悲もなく断ることを決めていたかの様に。
慈悲もない。
なるほど、事情を知らない人間であれば、陸斗をひどい人間だと糾弾するだろう。「冷血だ」と蔑むかもしれない。
あるいは事情を知っていても。
これほど項垂れるように頭を下げ、心底からの誠意で「お願いします」と訴え続ける柚陽に、微塵も心動かされた様子を見せない陸斗を、「ひどい」と感じる人間は、少なくないかもしれない。
ましてや、柚陽の訴えていることは「大切な人を守りたい」というもので。それは、陸斗たちの信念とも一致する。決して気持ちが分からないではあるまいに、と。
しかしここには陸斗の行動を糾弾する第3者はいない。
そして陸斗の答えは、あるいはソレが「即答」である事さえ当人である柚陽には予想内であったのか。
頭を更に深く下げ、「分かってる」と呟いた。
「分かってる。図々しいにも程がある、どの口が言ってるんだ、そう思われて構わない。だけど紗夏 だけは、片手間程度でも良いから」
先ほどよりも更に震えた声で、柚陽は切実に訴える。
握り締められていた拳は小刻みに震えていて、それだけ柚陽が真剣なのだと、誰の目にも明らかだった。
そこに以前の様な、裏でなにかを隠してほくそ笑む、そうした姿は一切見受けられない。
それでも、と、陸斗は首を振る。方向は横。頭を深く下げている柚陽には、その反応は確認しようもないだろうが。
「だからもう1回言うっすよ。嫌だ、って」
「分かってる。……正確には分からないのかもしれない。オレが大切な人に向ける感情は、きっと世間では歪んでいるんだろうから。でも、でも、お願い、お願いします、りっくん。陸斗くん、ついでで、ついででも良いから、紗夏のこと、守ってください。海里 に向けている力の、ほんのおこぼれ程度でも構わないから」
なおも続く震えた声での柚陽からの懇願に、いよいよ陸斗は「嫌だ」と言うのを諦めて、深く溜息を漏らした。
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