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 視線の先、それでも頭を下げたまま、「もしかしたら」。そんな可能性に縋る柚陽(ゆずひ)は、とても小さく、弱々しく見える。  あるいは、万一、それどころか「億が一」の可能性さえ感じていないのかもしれない。陸斗(りくと)が「否」を返すことなんて柚陽は分かりきっていて、それでも訴えずにはいられない、というヤツなのかも。  陸斗が分かりやすいほどの溜息を吐いてもなお、柚陽は頭を下げて、震えている。実際柚陽は小さくて、弱々しい外見をしている。ソレを存分に生かして振る舞ってきたのだろうし、ソレに陸斗も騙された。でも今は、そんな腹に抱え込んだものさえ、微塵も窺えない。  アレだけの事をしたような人間と同一には、まるで見えなかった。本当に小さくて、本当に弱々しい。(みなと)波流希(はるき)さえ軽く翻弄させては、満足そうに醜悪な笑みを、その可愛らしく整った童顔に貼り付けていた男には、まるで見えない。 「お願い、します」  いよいよその場に膝でも着くんじゃないか。柚陽の膝が軽く折られ、地面との距離が近くなる。震えた声は、濡れてもいた。  顔が伏せられているから表情は一切見えないけれど、泣いているのかもしれない。 「……あー、もう。いつものアンタはどこに行ったんすか。ほら、顔上げて」  そんな空気に見合わぬほど明るい声を、深々と漏らした溜息のあとには、あまりに不似合いだろう声を発した陸斗に、柚陽の小さな体が揺れる。  それでも頭を上げる気はないらしく、ぶんぶんと首は横に振られた。まったく、柚陽までコレだと調子狂うんすけど。 「オレは紗夏(さな)くんのことを正直覚えてない。覚えてないけど、悪い感情を抱いていたワケじゃないことくらいは、分かるっす。少なくとも、紗夏くんを守ることに抵抗はない。なんなら悲しむトコを見たくないくらいのことは、漠然とだけど思うっすね」 「それなら、オレが頼むからダメなの? それとも、オレが大切だと言ったから復讐のために使うつもり? それなら、」 「あー、もう。ちゃんと聞いて欲しいっす。紛らわしい事言ったオレも悪いけど、アンタは言葉を言葉通りに受け止める子じゃないでしょうに。つーか、オレも、そんな意地悪い言い方したつもりじゃなかったんすけどねぇ」  思わず頬を掻く。いや、少なからず少し「素直ではない物言い」をしたかもしれない。  でもソレは、今までの復讐が目的だったのではなくて。柚陽の内容では、聞き入れられないからに他ならない。 「アンタが、ちゃんと紗夏くんの所に戻ってくるんすよ。前提がおかしいんだ、アンタらしくもない。オレは柚陽が留守にしている間、柚陽が戻ってくるまでの間だけなら、紗夏くんを守ってあげるっす」

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