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頑なに下げられたままだった柚陽 の頭が、ゆっくりと、それでいてパッと上げられた。
半ばまでは「反射的に」といった感じで勢いよく、もう半分は戸惑いながら、ためらいながら、「おそるおそる」って感じで。
大きな目が行き場をなくして泳いで、驚きとか戸惑いを目にも湛えながら、たっぷり数十秒、ぎこちなく陸斗 を見た。なんか、油の切れたカラクリみたいに「ギギギ」って音さえ聞こえてきそうっすねぇ。つーか柚陽のこんな顔見るの、初めてかもしれないっす。間抜け面、とも言えるような顔。
「りっくんさ、記憶混濁して少しバカになった、とかいうの、ない?」
「アンタ失礼っすね!? つーか今のアンタの方がよっぽどバカっぽいっていうか、間抜け面してるからね!?」
「そりゃあ間抜け面にもなるよ! りっくん、今、自分で何を言ったか分かってるの!?」
「分かってるっすよ。アンタに、柚陽に、ちゃんと戻ってこいって言ってんの」
柚陽らしいと言えば柚陽らしいけれど、あまりに失礼な物言いに叫んでしまった。半ば反射的で後先考えていなかったから、傷口がズキンと痛む。これは錯覚や心因性のものじゃなくて、物理的なものだろう。
だから次の言葉は手を腹に添えながら、少し声量も落としたものになる。そんな陸斗の反応で悟った上に、少し余裕を取り戻したんだろうか、「やっぱ間抜けだよ」なんて柚陽が呟く。
やっぱり、どこか悲しげではあったけれど。
「オレなんてアイツと相打ちになって帰ってくるなとか、不幸になれとか。そーいうの、りっくんは願って良いんだよ? 海里のことをりっくんは“自業自得”って言うけど、りっくんにはオレを責める権利はあるし、自業自得ではないと思う」
そんな悲しそうなトーンのまま、泣き笑いみたいな顔で言われたら、胸が痛む。こっちまで泣きそうになるじゃないか。
陸斗は涙を堪えて、代わりに微笑んだ。それから首を横に振る。
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