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 柚陽(ゆずひ)の家のリビングで、陸斗(りくと)紗夏(さな)は向かい合っていた。  陸斗が退院してからは毎日のように行われている、いつまで経っても平行線の話し合いだ。あるいは「話し合い」とも言えないレベルかもしれない。  話し合いが平行線なんだから当たり前と言えば当たり前だけれど、内容は変わらず、「オレのことは構わなくて良いです」「そんなことできないっすよ」といったもの。  なんとなく、あの家に「海里(かいり)以外」を入れたくなくて、かと言って紗夏を放っておくなんて論外。  陸斗のそんな気持ちを柚陽も察していたんだろう。「なんかさぁ、りっくん的にはトラウマを抉られて嫌かもしんないけど」。そんな風に前置きしてから柚陽がした提案が、「りっくんさえ良ければ、オレの家で紗夏と過ごして欲しい」だった。  確かに「恋人同士」だった時、陸斗は柚陽の家で暮らしていたから、そこには「トラウマ」と呼べるようなものがある。  トラウマと言うよりは、陸斗にとっては「後悔」や「罪悪感」なんだけれど。  それでもあの家に海里以外を上げず、紗夏を守るための方法はコレが1番だろうと陸斗は、「お言葉に甘えるっす」と肯定を返す事にした結果が今だ。  とは言え、紗夏はソレも含めて、「申し訳ない」と思っているようだけれど。 「ね? 紗夏くん。オレの自己満足に付き合ってもらえないかな?」 「お言葉ですけど、陸斗さんがオレを守ることは、陸斗さんの自己満足にはならないと思いますよ。だって陸斗さんが好きなのは海里さんですし」 「いや、そうっすけどね? オレは好きな人以外を守りたくない、っていうほど、ひどくはないっすよ!?」  もちろん、誰彼構わず守ってあげたい、なんて思うほどの聖人君主でもないけれど。  少なからず、知人を放っておけるほど心が冷たくもない。とは言え、まあ、かつての陸斗であれば「アンタなんて知らないっすよ」と、舌を出せたんだけど。  でも、紗夏を放っておければ良かったなんて思っていない。“こう”思えるに至った理由は、あまりに残酷で辛いけれど、紗夏のことを守ろうと思えて良かったと今では思っているのだし。  陸斗の言葉に少なからず納得してくれたのか、「それはそうかもしれませんけど」と、紗夏は返してくれた。  明らかに、分かりやすく、不満そうではあったけれど。

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