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「オレはしました。悪い事。きっと一生かかったって、陸斗(りくと)さんにも海里(かいり)さんにも許してもらえないし、償いきれないことをしました」  声こそ震えていたけれど、紗夏(さな)は陸斗をまっすぐに見つめて、きっぱりと言い切った。  それは「紗夏くんは悪くない」と思っていても、「紗夏が悪いんじゃない」と“どこか”で知っていても、否応なしに「もしかしたら」と思わせてしまうほど、一種、自信にさえ満ちていて。  だけどやっぱり、紗夏が悪いなんて毛頭思えない。そんな、「血迷った」とも言えるような、バグのような感情は早々に追い払って、紗夏を見つめ返した。 「紗夏くんがオレを刺したワケでもないし、海里になにかひどい事をしたワケでもないでしょ? ……許されたいワケじゃないかもしれないけど、オレ達は怒ってないし、紗夏くんを守りたいんすよ」 「いいえ、オレが陸斗さんを刺しました。オレが海里さんにひどい事をしました。それが悪い事だなんて思わずに」  紗夏の声は震えたまま、それでも言葉は淡々と続いていく。 「陸斗さんはオレを気に掛けるあまり、あの人との約束を忘れたんです。オレを壊していれば、海里さんもあんなメに遭わなかったし、陸斗さんも刺されなかった」 「だからソレは、アイツが悪いんであって、紗夏くんはなにも悪くないっすよ。怖いと思う気持ちも、大切な人じゃなきゃ嫌だって思う気持ちも、なにも悪じゃない」 「……なんて。それは表向きの理由です。記憶が混濁している陸斗さんはもちろん、記憶が残っている、あの事件前の陸斗さんでさえ」  紗夏は唐突に言葉を切って、ほんのり口端を上げた。  まだまだ少年らしい幼さの残るその顔に、けれど妙に似合った「妖艶」と言うほかなさそうな笑み。  目は陸斗に向けられながらも、うっとりとしていて、“ココ”を見てはいない。 「海里さんが目の前であの人に犯されるのを見たせいで、記憶が混濁する前の陸斗さんでさえ、知らない理由があるんです」  紗夏の声はもう震えていなかったけれど、もはや陸斗には、それに気付くだけの余裕などなかった。  胃の中身と言うには生ぬるい。胃や腸が、肺が、心臓が、体内でごちゃまぜになって、逆流してこみ上げてくるような。そんな気持ち悪さに耐え切れず、陸斗の体は椅子から転げ落ちる。  そうだ、伸ばした手は触れられなくて、そこで、海里は、アイツに、隼也に。 「アレは」  紗夏の声がどこかからぼんやりと聞こえてくる。聞こえているのかさえ、定かではないけれど。 「全部オレが仕組んだことです」

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