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 波流希(はるき)が病室へと来たのを確認して、海里(かいり)は病室を後にした。とは言えだいぶ渋りながらだったから、来てくれたのが波流希じゃなかったら「まだいる」と言い張ったかもしれない。  罪悪感はある。「傍にいられない」とか「顔をまともに見られない」とか、そういった類の。それでもやっぱり、「海里と一緒にいられる」というのは、どこか心の片隅で幸福のようなものを感じてしまって。  だからこそなおさら、自分のせいで無理をさせてしまっている現状が嫌だったから、波流希が少し厳しめの声音で「陸斗(りくと)くんに心配を掛けるのは海里だって嫌でしょ?」「陸斗くんの事を考えるなら、今はきちんと休まないと」と言ってくれたのは、助かった。  結果、渋々ではあったけれど、海里はきちんと帰ってくれたのだから。 「でも、意外だったかも。波流希はもっと海里を甘やかすタイプだと思ってた」  海里が去ってしばらく、素直に感じたままを言えば、「よく言われるけどね」と苦笑しながら波流希は言葉を続ける。  ふっと目線が窓の外に向けられた。  そこにはもう、海里がいるはずもないのだけれど、陸斗の目にはまるで、海里を見つめているようにも映った。穏やかで、どこか切なそうで。海里の事情を全て知って、全部間近で見てきた親しい人間ゆえの顔、とでも言うんすかね。 「海里の言う事をなんでも聞いて、甘やかしてあげるのは、むしろ(みなと)の役目だよ。多分港だったらさっきのワガママも、何だかんだと聞き入れちゃうだろうしね。だからオレが来たんだけど」 「あー、分かるかも。港は海里の言う事、ほんと何でも聞いてるっすからねぇ」 「それと」  微笑んで陸斗を見つめていた波流希だったけれど、そこで言葉を切れば、ふっと目線をまた窓の外へと向ける。  一瞬だけ、口元が悔し気に、あるいは、泣きそうに歪んだ気がした。 「あの子に正しく、親族の愛情、みたいなのを教えられるのは、オレだけだからね。ダメなことはダメって言わないと。……しょせん、オレのも紛い物のおままごとだけどさ」 「そんなことないっすよ!! 海里は、アンタから、“はるにい”から、ちゃんとした愛情を受けてるって、付き合いの短いオレがこんな事言っても説得力なんてないだろうけど、でも、分かるっす」 「……ありがと、陸斗くん。海里はああいう子でさ、……ちょっとズレちゃってはいるけど、今後ともよろしくね」  本当にオレで良いのかとか、オレにだって資格はないとか、色々言いたい事はあったけれど、それらすべてを飲み込んだ。  飲み込んで、どんな表情を浮かべたかまでは、意識している余裕もなかったけれど。 「うん。今度こそ絶対に、海里をオレが幸せにする。許してもらえるなら、海里と幸せになるっす」  幸せに。好きな人を、幸せに。  それは陸斗がずっと願っている事で、果たそうとしているソレなのだけれど。ふと、腹の傷に違和感を抱いた。  陸斗自身も意識出来ないほどの、ほんの、一瞬だけ。

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