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それでも無意識に陸斗 の手は腹の傷に伸びていた。
陸斗よりも波流希 の方が先に気が付いたんだろう、「大丈夫?」なんて聞かれてから、初めて気が付く。
だけどその時にはもう、自覚できないほどの違和感はとっくに消えていて、陸斗としては首を傾げる事しかできなかった。
「ん、大丈夫っすよ。なんともないっす。なんでだろ、ちょっと気になったんすかね?」
手術痕の傷がかゆくなる事はある。今はかゆみもないけれど、一瞬そんな風な違和感があったんだろうか。首を傾げつつ苦笑を浮かべてみても、波流希の顔が晴れなくて却って申し訳ない気持ちになる。
波流希にも心配はかけたくないっすけど、それでも、海里 が帰った後で良かったっすねぇ。あのやさし過ぎる海里の事、必要以上に気を揉んで、おろおろさせてしまいそうだ。
海里を幸せにしたいんだから、そんな顔をさせてしまうのは、その考えにひどく反している。
海里を、幸せに。
なんだろう、それは紛れもなくオレの願いで、オレが自分自身にも強く誓っている事で。
それなのに、どこか違和感があった。今度はそれを陸斗もはっきりと感じる。
目を覚ました時の、港 の言葉が自然と思い出された。
港が言っていた、ワケの分からない言葉。誰かも分からない名前。そこになにか、関係があるとでもいうんすかね?
首を傾げた状態で黙り込んでしまった陸斗を心配そうに波流希が見つめているのが、陸斗にも分かる。それでも、なんて返したら良いのか分からなかった。
「……ねぇ、波流希。1つ聞きたいんすけど、オレは」
オレは、なにか忘れてる?
それは、聞けなかった。
波流希があまりにも辛そうな、どこか泣き出しそうな顔をしているように見えたから。
それに港に訊ねた時の、彼の戸惑いぶりは、さすがによく覚えている。それを見ておきながら聞けるほど、今の自分は図太くないし、彼等への罪悪感だって消えていないつもりだ。
不自然だろうなぁ、とは思いつつも、陸斗は小さく首を横に振って、笑ってみせた。
「やっぱ、なんでもないっす」
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