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「そっか」  波流希(はるき)は鋭いから、陸斗(りくと)が言いかけた事も、止めた理由も分かっていたかもしれない。  それでも微笑んで短く応じてくれる事に、陸斗は救われた。海里(かいり)にはもちろん、波流希や(みなと)にも償わなくちゃいけないのに、彼等のやさしさに甘えてばっかりっすねぇ。本当、どうにかしないと。  そう思って焦っても、今じゃ病室のベッドから離れられない状態だし、自分の記憶があやふやらしいのは、なんとなく悟れる。こんな状況で、どうやって償えばよいんすかね。どうやって海里を幸せにすれば。  焦っても良い事はないのは分かっているのに、焦りだけが広がっていくのが分かる。  焦って、自分の気持ちだけで動いた結果が、海里をひどく傷つけたっていうのに、オレは成長も学習もしないんすか。そう自分を叱責したって、簡単に焦りは消えてくれない。  そんな陸斗をただただ落ちていく思考から引き上げたのが、波流希だった。 「大丈夫。今はゆっくり休んだ方が良いよ。休む時は休む、それが大切なんだから」  穏やかな声で言いながら、陸斗の頭を撫でる手はあたたかい。  波流希が「はるにい」と呼ばれて慕われている理由、分かる気がするっすねぇ。  少し照れくささを感じて頬を赤らめ、目をふっと伏せて、「……ありがと」と呟く。 「つーか、オレも大分落ち着いてるし、波流希も休んでほしいっす。アンタまで倒れたら、海里が大変な事になるっすよ?」 「オレは結構鍛えているから大丈夫だし、陸斗の事が心配だから、迷惑じゃないならもう少しここにいたいかな」 「だけど」  ここは病院だ。  容態も結構落ち着いてきているし、ずっと付き添いが必要な状態ではないと思う。それに、失くしているかもしれない記憶の中に、何か危険な事があったとしても、人の目がある病院で大きな問題なんて、起きるはずがない。  ……本当に?  自分の考えに違和感を抱いて、その違和感が頭痛と腹の傷の痛みを連れてくる。ドンドンと内側から頭を叩くような痛み。じくじくと傷口が裂けそうな痛み。  あ、なんて、意味もなさない声が口から零れる。  波流希が、ちらっと視界に入っただけでも分かるほど明らかに焦った顔をしていたから、「大丈夫っすよ」そう言わなきゃと思うのに、声が出てこない。 「本当ですよ、先輩。無理は禁物です。どんなに頑丈そうに見えたって、人間、無理を重ねれば倒れるものなんですから」  突然聞こえた声に痛みは強く激しくなって、陸斗は吐き気さえ覚えた。

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