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これがオレの幸せなんです、と。

「お前、何のつもり?」  波流希(はるき)の声に少し棘がはらんだ。浮かべる微笑みも少し引きつっているように見える。波流希がこんな顔するなんてよっぽどなんすねぇ。  いったいどんな人間なのかと考えるものの、声を聞いただけで吐き気を覚えるような人間を直視できるワケもない。陸斗(りくと)は思わず目を伏せ、庇うように腹の傷に触れた。 「一応オレは先輩より年下なので、多少敬意を払おうと思いまして。無理はダメですよ、波流希先輩。殺しても死なないような人間だって、案外もろいって、あのクズの一件で先輩も分かったでしょ?」  知らない声だ。だけど知っている気がする。  とてつもなく不快で、とてつもなく怖くて、絶対に許せない声。  背中を冷汗が伝うのを感じる。病室の空気が急に薄くなって、はぐ、と小さく口を開閉させた。  だめだ、波流希に心配を掛ける。  波流希なら海里(かいり)にオレの不調を隠してくれるだろうけど、波流希に心労を掛けるのは避けたいんすよね。  だけど空気は薄いまま、嫌な気持ちも胸に居座ったまま。呼吸と心拍数だけが速くなっていく。 「……ほら、それだけならオレは忠告をありがたく受け取ったから、帰ってもらっても良いかな? 陸斗くんだって本調子じゃないんだから」 「友達の見舞いに来て悪いんですか? 面会だって問題なく出来んでしょ。第一、お前の怪我はもうほとんど治っているはずだろ。あんな嘘、つくくらいなんだから」 「……アンタ、何、言ってるんすか。そもそも誰、っすか。オレはアンタに嘘、なんて……」  嘘なんてついていない。  目の前の男も誰か分からない。  そのはずなのに、その言葉に、どこか違和感があって。なんか、違う気がして。  思わず痛みも忘れて、強く腹の傷ごと服を掴む。  幸い傷口が開くことはなかったけれど、焦ったように「何してるの!?」という波流希の叱責に、慌てて手を放した。  ……無意識だったっす。 「でもまあ、陸斗のこと、責めてばっかりもいられないな、って思ったんだよね。だってお前に感謝しなきゃいけないこともできたからさ。な? 月籐(つきとう)」  男は突然笑顔になって、隣にいる少年に同意を求めた。  その動作で陸斗は、病室への訪問者がもう1人いたことに気が付く。  月籐。  知っている気がする名前だ。だけど、なにかがおかしい気がするんすよ。

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