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 おそるおそる顔を上げて、陸斗(りくと)は思わず息を呑んだ。  知らない男の隣にいる、知らない少年。それが、ひどく海里(かいり)に似ている気がした。外見はまるでもって似ていないのに、まとっている雰囲気が。 「アンタ……」 「なに? 月籐(つきとう)のことは覚えてんの? そうだとしたらその記憶混濁も怪しいなぁ。そもそも月籐のこと、やっぱ狙ってたんじゃねぇの? お前もちゃんと処分しておくんだったかなぁ」 「そろそろ黙りなよ」  波流希(はるき)の、さっきよりも鋭い声が飛んでくる。  それでようやく、喋っていた男は、大袈裟に肩を竦めつつも黙り込んだ。  だけどその沈黙もそう長くは続かない。 「オレは陸斗のことなんて、もうどうでも良かったんだけどよ。月籐がどうしても、って言うから来たんだ。珍しく頑なだったから、ちょっとは言う事聞いてやらないと、って思ってな。最近月籐はイイコにしてたし」 「はい、ありがとうございます、隼也(しゅんや)さん」  月籐と呼ばれた少年が、男に微笑みかける。どこか寂しそうで痛そうな微笑みだ。  虚ろな目が「本意じゃない」って語ってる。だけど隼也と呼ばれた男の方は、なにも思っていないみたいで、満足そうに笑っている。  気持ち悪い。  そのやりとりも、月籐という少年が隼也に笑っていることも、隼也という名前そのものも。 「陸斗さん。あなたはオレのことも忘れているでしょうけど、どうしてもお礼を言いたかったんです。オレの言い分を信じてくれて、思い通りに動いてくれて、ありがとうございます。おかげで(ゆず)くんから逃げることも、隼也さんをオレの方に振り向かせることも、上手くいきました。ふふっ、あまりに上手くいくから、毎日笑いが止まりません」 「違う!!」  思わず叫んで、月籐の方に手を伸ばしていた。

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