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 なにか、この子の腕には足りない気がする。  それが何かは分からないけど、この子にとっては凄く大切なものだったはず。  なにかが足りなくなった腕と反対の方に手を伸ばせば、月籐(つきとう)の目が大きく見開かれて、目に見えて瞳が揺れる。  それは間近で月籐を凝視していた隼也(しゅんや)にも、注意深く彼等を見つめていた波流希(はるき)にも分かったのだろう。  隼也は責めるような声音で「月籐?」と呼んで、波流希は隠しきれない動揺を浮かべつつ「キミ、もしかして」小さく呟いた。  それで少年の方はすっかり肩を震わせて、身構えてしまう。  ……怯えさせたいワケじゃないんすけどねぇ。何故か、理由も分からずにそう思った。  だけど震えていたのはそう長い時間ではなくて、数回深呼吸をしてから、月籐はとても綺麗に微笑んだ。 「びっくりしました。急に手を伸ばしてくるんですから。あのですね、忘れてしまった陸斗(りくと)さんにはどうでも良い事かもしれないんですけど、オレ、(ゆず)くん……変な性癖を持った人に付き纏わられて困っていたんです。大好きな隼也さんはオレの事を恋愛対象として見てくれないし。だからオレ、隼也さんのお兄さん気質と、陸斗さんの性格、海里(かいり)さんを大切に想う気持ちを利用したんです。陸斗さんは面白いくらいに騙されてくれた。ありがとうございます。……とはいえ、隼也さんが海里さんを抱いてしまったのは誤算だったんですけどね。悔しいです」  月籐の言葉に気持ち悪さに襲われる。嫌だ。思い出したくない。違う、本当に辛かったのは海里の方じゃないっすか。  それなのに海里は。海里は。  それにこの子は、なんでこんな事を言ってるんすか。だって、アンタは。  困惑の中、陸斗の意識とは関係なしに、声が漏れた。 「紗夏(さな)は」  あれ、紗夏って誰だろう? だけどオレの言葉で、月籐の体は可哀想なくらい震えて、波流希と隼也からの視線も痛いほどに感じる。  だけどオレの口は、オレの意思と関係なしに言葉を紡いでいった。 「紗夏はそうじゃないんじゃないっすか?」

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