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自分の全てを捨てられる人

「アンタ、柚陽(ゆずひ)に一体何をしたんすか!?」 「どーでも良いだろ? お前だってあのクソヤロウを憎んでいたし、そもそも記憶を飛ばしたんじゃねぇの? だったら尚更、あのクソヤロウのことも、月籐(つきとう)のことも、どーでも良いだろ。だって陸斗(りくと)はそういう人間だもんな」  隼也(しゅんや)の言う通りだ。  どうにもこの男の事は好かないし、記憶だって戻っていない。  生理的な嫌悪感と、本能的な恐怖さえ抱く相手に、けれど陸斗としてはまるでもって覚えのない知らない人間に、自分を好き勝手語られるのはイライラする。だけど反論のしようがないほどに、その通りなのだ。  あの1件以来、確かに多少性格は変わったって、指摘されるし自覚もしてるっす。それでもオレの本質は変わっていない。  大切な人、親しい人が第一で、他はどうでもいい。その考えが人より顕著なままだ。  だから本来であれば、柚陽という男の事も、紗夏という少年の事も、どうでも良いと思う筈。  だけど陸斗の深い部分が、それを陸斗に許さなかった。  それ以上に、目の前の男が腹立たしいっていうのは、あるかもしれないんすけど。 「そうっすよ。オレは多分、人より他人と身内の線引きが極端で、自分が大切な人が幸せになるためなら、他人の幸せを奪い、人としての尊厳さえ奪い取れるっす。それがかつて愛した人であっても、容赦なく。躊躇なく」  自分で言っておきながら手が震えた。  波流希(はるき)が泣きそうに顔を顰めたのが分かる。  だってオレは、それだけのことをしたから。あの子の策だったとはいえ、あの子との幸せのために、海里(かいり)にさえ傷を負わせた。 「オレはそういう、最低な人間っす。アンタの言う通り記憶は戻ってない。だけど柚陽も紗夏も放っておいて良いとは思えないんすわ」 「……本当、陸斗は変わったよ。大学の奴等は良い変化だっていうし、オレも最初はそう思ってたけど、あのクソヤロウまで庇いだすんじゃ、オレにとっては最悪な変化かもな」  隼也がいまいましげに吐き捨てた。

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