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会社の一階、受付のすぐ奥には売店がある。出社時間にはすでに開店していて、そこで朝飯を調達し、自分の部署へと向かった。 そこまで大きくはない、どこにでもあるような会社だ。家具を作り、売っている。家具を製作する工場は別にあるから、この会社は斡旋場所だ。営業をかけ、自社の製品を売る。 「あぁ、小鳥遊さん。おはようございます。今日も外回りですか?」 「おはようございます。ですね、俺は今日現場から直帰です。早上がりなので昼までですね」 俺のデスクがあるのは五階フロアの一角だ。この階は社長の意向でワンフロア壁が一切ない。広く感じる空間はとても居心地が良かった。 「小鳥遊さん、本当に今月で辞めるの?」 隣のデスクの持ち主である、椎名さんが不思議そうにそう尋ねてくるのを、そうですね、と苦笑いを混ぜて返した。 「そろそろ、実家も片付けないといけないので」 「そっかぁ。勿体無いね」 「いいえ、俺はいま役に立てていないので潮時ですよ。それに、……」 「? それに?」 「あぁ、いえ。なんでもありません」 売店の袋を置き、ふっと息を吐いた。中身はおにぎりがひとつだけ。両親が亡くなってから食欲もあまりない。 「……」 椅子に座って、おにぎりのパッケージを剥がしてから口に運んだ。昔は好きだった、しゃけの入ったおにぎりも今では味を感じなくなってしまった。 おいしいと感じること自体、あまりない。 正直、あの彼の言葉は自分の胸に深く刺さった。生きていたいかと聞かれれば、自分から死ぬ奴は居ないだろうと反論できるのに、「生きて居ますか」と聞かれたら、答えられない。 言葉に、詰まってしまう。 たしかに生きている。心臓は動いているし、意識だってある。毎朝目が覚め、毎夜寝る。日中は働く。同じ毎日を過ごし、なんの変哲もなく、特にやりたいこともない今の状態を「生きているのか」と聞かれたら、俺には分からなかった。 おにぎりを無理やり胃に押し込んでから、手帳で今日の予定の確認をとる。 すぐにでも相手先に向かわなければ、時間はもうギリギリだ。急いで立ち上がり、フロアを見渡すと、ガヤガヤと騒がしくなってきて居た。この空間は、嫌いじゃない。けれど、ずっとは居られない。もう、仕事の先に見える未来がなくなってしまったからだろう。 人間はこうやってじわじわと自己を壊していくのだと苦笑いが漏れた。 「あ」 「………」 既視感と言うのか、なんなのか。 今一番見たくない顔が目の前に。 「いやですね。露骨に顔に出さないでくださいよ。美景さん」 くすくす笑う、赤い髪の彼は朝よりも少しばかりラフな格好をして居た。 「今お昼ですけど、お仕事、終わったんですか?」 「………なぜ、きく」 「そりゃあ、興味ありますから。じゃないと声なんてかけたりしませんよ」 「俺は、お前に、興味が、ない」 区切りながら強めに言えば、目の前でにっこりと笑い、俺の唇に人差し指を押し当てた。 「お、と、な、し、だって言ったでしょう?美景さん。音無です。お前じゃなくて」 「そ、っ、ぐ」 「ほら」 喋ろうと開いた口に、そのまま押し込まれた彼の指先がまっすぐ喉まで入ってきて、思わず突き飛ばした。 「げほっ、なに」 「痛いですよ。美景さん。指、噛まないでください」 「は、…はぁ!?元はと言えばお前がっ!」 「音無」 「……っ、音無、が、訳のわからないことを」 「名前で呼んで欲しかったから、仕方ないですね。これでも呼ばなかったら、そんな舌、要らないでしょう?」 「っ、おま、………」 お前、といいかけると、音無がまた俺の唇に人差し指を押し当てた。さっき俺の喉まで突っ込んできた時噛んだ傷に僅かに血が滲んでいる。 ゾッとした。音無自体にも、そして、その言動と行動に。 「美景さん、生きているの、楽しいですか?」 「は」 「だって、今日はこのまま帰ってなにをするんですか?」 「なにって、引越しの…」 「そうじゃなくて、例えば、好きな事をしていいよって言われたら、どうします?思いつきますか?」 「そ、れは」 「美景さんの心は、ずっと前に死んでますよ?」 「は…?」 言葉を無くしてただ音無を見つめる俺に、音無は言葉を続けた。 「生きて居ないのと、変わらないです」 そう言って、ニコリと笑うこの男は、俺に一体なにを望むのか、何を言いたいのか、わからなかった。

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