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「どうせ死んでしまうでしょう?このままなら」 「……は」 相変わらずにこりと微笑みを崩さない音無から目線を逸らして短く息を吐いた。 そうか、と、小さく吐き捨てた。音無が言う「死」と言うのは、「心」の話だったのか、と。心なら、感情なら、もうとっくに死んでるんだろう。 「ね、美景さん」 ゆるりと、毒のように音無の右手の甲が俺の右頬を撫でる。 「貴方だって、このまま死にたくはないでしょう?」 言葉も、毒のようだと思った。かち合った視線から目が離せない。 「死ぬ前に、俺と楽しい事、しませんか?」 どうにもならない事をどうにかしようと頑張ると、空回りしかしない。俺がまだうんと幼い頃、そう思っていた。我ながら夢も希望もない少年時代だったと思う。 両親は優しかったし、一人息子である俺を甘やかさずに育ててくれた。正直、後悔なんて、ない。 ただ、これからの目標とかそう言うものがまるでないだけで。 「……」 「俺、最近知ったんですけど、ランチセットを頼んだらスープとドリンクバーがつくんですね」 「……スープは日替わりなんだな」 「毎日違うものが出るのもいいですね」 すぐ近場にあるファミリーレストランに連れてこられた。音無は顔が良いのか道すがら振り向く女性が多かった。 俺は最近はあまり味を感じなくなった事もあってた、外食はそんなにしていない。 だから、ファミレスはかなり久しぶりに入る。様変わりしたメニューとシステムに少し驚いた。いつのまにリニューアルしたのか、店内もかなり綺麗になっている。 「…………音無は、何でこんな事してるんだ」 「はい?」 「何で俺に声をかけたんだ。他にも人なら沢山いただろう」 頬づえをつきながらメニューをめくっていた音無が手を止め、顔をあげた。パチリと視線が合って、小さく「そうですね」と呟く。 「なんて言うか、昔の俺に似ているんです。美景さんって」 「…」 「心が死んでるって言うか、考えることをやめたって言うか、なんかそんな感じですかね?だけど、死のうにも死ぬ事も出来なくて、そんな頃の俺に似てるから、ですかね」 ふふ、と笑い、音無はまたメニューに目を落とした。 俺には少し、音無は怖い。 言動や行動ではなく、存在と雰囲気が。まだ、だいぶ奥に深い闇があるというのか、闇しかなさそうな、そんな感じが強い。 「美景さんは何食べます?俺はとりあえずサラダうどんにしようかな。美味そうですよね」 「ヘルシーだな」 「普段は木の実とか食べてるからですかね?肉なら生が好きです」 「原始人か」 「人里には滅多に降りないですから、似たようなものじゃないですか?」 あぁ、そうか。 と一つ理解した。なぜ音無に対して恐怖を抱くのか。 ただの人間には見えないからだ。最初から、おかしかったから。 「……音無は、……」 「はい?」 「人間が嫌いか?」 「ーーーーーーは、ははっ!可笑しな人の子ですね!嫌いではないですよ?俺には思いもつかないようなーーー今のような、そんな事を言ったりしますから」 「俺と話してもつまらないだろう。話すのは得意ではないし、音無が言うように死んでいるなら、特に感じる事もないからな」 ふぅ、と息を吐きながら店内を見回した。平日の昼間といえど、客が少ないわけではない。それなりに客もいるし、店員だってそれなりに忙しなく動いている。 「…美景さんは、俺が怖いですか?」 忙しなく動く店員をぼやっと見つめていると、音無がそう呟いた。 俺は音無に顔を向け、少しばかり肩をすくめた。 「多少はな。……誰だかわからないやつに生きてますか?って言われたら怖くもなるだろ」 店員呼び出しのベルを押して、注文を聞きに来た店員にサラダうどん二つと告げ、ドリンクバーの説明を受ける。そうして去っていったのを見送ると、音無が静かにメニューを元の位置戻した。 「………人の子は、俺の様なモノに会うとよく媚びるんです」 ため息混じりに頬杖をつきながら音無がつぶやいた。 「それは、顔の所為じゃないのか。俺から見てもひどく整った顔をしてるだろ」 「顔」 「綺麗って、事だろう。顔が綺麗なやつの周りには人が集まるもんだ。それは良し悪しだが、人脈にも繋がる。そう言うものが欲しいんじゃないのか?お前に媚びる奴は。それか、ただ単に綺麗な顔をしたやつを連れ歩いて自慢したいのか」 大概そんなものだろう。そう言うと、音無がパチクリと目を瞬かせて、次いでにこりと笑い「美景さんは、ちがいますね」と言葉を吐いた。当たり前だろう。媚びるのは仕事だけで充分だ、なんて口にはしないけれど。 「美景さん、何飲みます?お茶でいいですか?ウーロン茶?」 「は?あぁ、うん」 急にニコニコと動き出した音無に首を傾げながら返事をして、ドリンクバーに向かった背を目で追った。うん。周りの人間が振り向いたり見つめたりしている。 「…はい、美景さん。ウーロン茶」 「悪い。ありがとう」 「いいえ。怖がらせたお詫びです」 「ーーーーおかしな奴だな」 「そんなこと」 よいしょ、と言いながら椅子に座り、音無が頬杖をついてふふっと笑った。 「美景さんは、引っ越すんですよね。実家に」 「……あぁ、月末には」 「今の仕事、やめたら何をするんですか?」 「別に、なんでも。特にやりたい事もないから、まぁ適当に働く」

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