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ほとんど諦めにも似た感情だ。 居なくなったもの、無くなったものは変えられない。どうしようもないのだと。 今の現状も、音無がこの家にいる事も、どうにか打開しようなんて考えない。考えたくないし、面倒だ。 「俺、食べ物の好き嫌いはないですよ。あぁ、でもすっぱいものはあまり得意じゃないですね」 「そうか。わかった」 「ーーーーー俺が言うのもなんですが、美景さんって、順応力高いですね?」 「抵抗したところで意味がないだろう。無駄に体力も使いたくないし、下手に抵抗してまた口に指を突っ込まれるのは避けたい」 ため息をつきながら立ち上がり、机の上に置いてあったリモコンを手にとってテレビ台の上に置いた。音無は俺の行動をじっと目で追ってから、くすくすと笑う。 「自堕落ですね」 「いーや。家事はちゃんとするからただ面倒くさがりなだけだ」 「なるほど」 立ち上がった状態で音無を見下げると、見上げてきた音無の前髪が僅かに揺れた。本当に憎たらしいくらい綺麗な顔をしている。 ハンサムと言うのはこんな顔を言うのだろうか。俺はそう言う部類には入らない顔をしているし、何より目つきが悪い。 「美景さん」 「なんだ」 「………あちこちに置いてある写真は、美景さんですか?」 「ーーーーーーまぁ、一人っ子だったからな。ほとんどは俺と両親の写真だ」 見ても構わないですか?そう聞いてきた音無に構わないと答え、俺は床にあぐらをかいて座った。 立ち上がった音無に床が僅かに軋む。ゆるゆるとすぐ近くの棚に置いてあった写真たてを手に取ると、音無はそれを手にして振り返った。 「ーーーー俺には両親の記憶がないのでこう言うのは新鮮ですね。人の子は短い人生に思い出を詰め込んで、俺には少し理解できませんが…」 カタン、と音を立てながら写真立てを棚に戻し、音無がふと息を吐いた。 「…親を大切に、と言うのは…わからないですね」 「それは記憶がないからなのか、それともそもそも理解する気がないのか」 「どちらも、ですね」 「そう、か」 机に膝をついて掌に頬を預けながらふと息を吐いて目を閉じた。色々ありすぎた。ここ数日で音無と関わったことによりガラリと日常が崩れた気がする。 ただ、目についたから絡まれたのか、音無が言うように「心が死にかけ」ているからからかっているのか。いまいち分かりかねるし、離れたらいけないと言う縛りも何のためにあるのやら。 「ーーーー美景さん?」 「ああ、なにーーーっ、近い」 名前を呼ばれ、目を開くと鼻先が触れ合うくらいの距離に音無のその整った顔があって、思わずのけぞった。 「寝てるのかと思いました」 「いや、そんな寝つきは良くない」 「そうなんです?」 未だに近い音無から僅かに距離をとって、頭をガシガシとかきながら「あのな」と言葉を続けた。 「お前は」 「音無」 「〜〜〜〜音無は、綺麗な顔をしてるんだから近づくな。半径1メートル以内近づくな」 「無理です」 「………なんで」 「美景さんの首に噛みつきたいので無理です」 「食べ物じゃない」 「似たようなものです」 どこがだ。どこも似てないだろう。と言う言葉は飲み込んで片付けの続きでもするかと立ち上がった。 音無に振り回されながら過ぎていく週末に心底疲れた。 実家に戻ってきたはいいものの、会社までは一キロ以上あるから必然的に音無が付いてくる形になった。車の中で待っていろと言ったはずなのに、後ろをひょこひょこついてくるものだから頭を抱えてしまう。 「……目立つだろう」 「興味あるじゃないですか。美景さんがどんな人の子達に囲まれていたのか」 頭がいたい。音無に常識はないだろうと思ってはいたけれどこれは、常識とかの前に自分が注目される容姿をしている自覚がないのか。 「頼むから会社の外に居てくれ」 「嫌です。仕事って、面倒ですよね。俺にはあんな…パソコン?でしたか?全く分かりませんし」 あーだこーだとついてくる音無を連れたまま受付を過ぎてエレベーターに乗り込んだ。 五階のボタンを押し、動き始めると音無が小さくうわっと声をあげた。 「ーーーなんだ、苦手か?」 「ふふ、いえ。初めて乗りました」 「なるほど」 そう言うことか、と会話をしているうちに目的の五階につき、溜息を吐きながらエレベーターを降りた。あいも変わらずついてくる音無にはもう何も言うまい。諦めた。

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