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五階フロアの一番奥、おそらく今は不在であろう上司のデスクにメモを置いて、あとは有給を消化するだけだ。
ふと息を吐きながら後ろを振り返ると、音無の姿がない。
「……どこ行ったんだあいつ」
あれだけ目立つ頭に背丈だから見失うはずはないが、と辺りを見渡すとフロアの入り口の方に頭がちらりとみえた。
どう考えてもあの位置は俺のデスクではないだろうか。しかもここに来るまでは全く説明していなかったのに、偶然じゃなかったら怖いものがある。
ため息を吐きながらその場所に向かうと、やはり俺のデスクに音無が座っていた。なにやら椎名さんと話しているようだから遠目に見ていると、困ったような顔をしている椎名さんと目があった。
「小鳥遊さん。おはようございます。彼は?」
と困ったように笑いながら音無を指差した。
「ーーー知り合いです」
はははと苦笑しながら答えて振り向いた音無の肩に手を置いた。
「帰るぞ、音無」
「もういいんですか?」
「あぁ、構わない」
「わかりました」
にこりと笑い立ち上がる音無はいつもと変わりなく、だけどどこか雰囲気がかたくなっていて首を傾げた。
エレベーターに乗り込み、ただ来た道を戻るだけだ。その間も音無はなにも発言せずに、ただ後ろを歩いていた。
会社を出て、足を止めると音無もピタリととまる。首を傾げながら振り返り、音無を見つめると、パチリと視線が合った。
「……音無、なんか変だぞ?眠いのか?」
「いいえ」
「ならなんでそんな態度なんだ」
「美景さん、あの建物に入ってからずっと気を張ってましたから、そんなに嫌な場所なのに、なぜ出向くんです?別に現代ならメールなり、電話なりで済ませる事が出来るでしょう?」
理解できません。と呟いた音無にふと息を吐きながら腰に手を当てた。
「もう行くこともないからいいんだ」
そう言うと、音無は首を傾げながらそんなものですか?と不思議そうに問いかけてくる。その言葉に頷いて、駐車場の車を目指した。
「美景さんは、不思議な人の子ですよね」
家に帰ると、開口一番に音無がそう笑った。
「やっぱり、まだ生きているとは言えませんか?」
ピタリと頬に触れてくる手に少しばかり眉をしかめた。
生きているか、死んでいるのかなんて。
「ーーーー美景さん?」
趣味も特にない。正直、仕事が無ければ一日中ぼぅっとするだけで過ぎていくんだろう。目標はない。ただ漠然と日々を過ごしている。食事も億劫だ。
楽しみにしている事も、もう何もない。
空っぽだ。
「………どうだろうな」
小さく答えて、音無の手を払った。
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