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当たり前と言う言葉の意味を知ってるのか。
なにさも当然だろ。なに言ってんだこいつ、みたいな顔で見てくるんだとため息を吐いた。
音無の手をどけて、腕を組む。
「意味がわからないな」
「? なにがです?」
「全部。好きになられる理由がないし、そもそも音無は人間に興味があるのか?」
「ありませんね。俺が興味あるのは貴方だけですから」
顎に手を当てながらそう答えた音無はふふっと笑った。
「その前に、」
「なんだ」
「俺、男なんですが。その辺は気にしないんですか?美景さん」
首を傾げ、音無がそう聞いてくる。長いピアスが僅かに光に反射して目を細めた。
「誰かを好きになる事に性別は関係ないだろう」
必ずしも男女でなければ恋情が生まれないわけでないだろう。学生の頃からその手の偏見はまるで無かった。
誰かが誰かを好きになるのも、その相手が誰かなんて興味もなかったし、正直、性別で区分けするなんてつまらないだろう。
正しさの概念も、社会の常識も押さえつけるための言葉の暴力でしかない。
「美景さんは、優しいんですね」
「ーーーーなんでそうなる」
「口調はきついのに、他人をあまり否定しないので。……そうですね、少し話しましょうか」
ね、と微笑み、音無がまた歩き出すのについて静かに歩をすすめた。
少し歩き、音無がふと口を開いた。歩みはゆっくりだけれど、止まることはない。
「………小さな頃からずっと山に居たんです。それも、貴方が生まれる何百年も前。まだ人の子との繋がりが深く、共に生きていました」
でも、と小さく言葉が続く。
「俺には翼があったんです。そうですね、烏の様な黒い翼が」
「…翼」
「化け物ですからね。人の目にどう映るのかなんて、全く気にしていなかったんですが、翼をもがれてからは、嫌いになりました」
人が、他人もすべて。そう繋げた言葉に、俺は返す事が出来ずにななめ前を歩く音無をただ見つめた。
「今でも人間には興味ありません。でも、美景さんは好きですから不思議ですね」
「俺はどこにでもいる一般的な人間だぞ。音無みたいに綺麗な顔をしているわけじゃないしな」
「俺に分かるのは、その人が「生きたいのか、死にたいのか、死んでいるのか」美景さんに声をかけたのは、人の子にしては珍しいなと思ったからです」
ゆっくりと歩きながら、ふと音無が足を止めた。だいぶ街から離れた場所だ。近くの古びた看板には色褪せた赤いペンキで矢印が描いてある。
「あ、ここです」
「…獣道だな」
「少しだけですよ。人が立ち入らない場所なので」
こいつは俺をどこに連れて行くつもりなんだ。また歩き出した音無の後ろをついていく、が、僅かに傾斜があり、今から山登りでもするのかと思うくらい木々が繁っている。
「少し上がると階段があるので」
「どこに行くんだこれ」
「すぐに分かりますよ」
たしかにすぐ階段はあった。
所々ヒビが入ったり苔の生えた階段が上に続き、それを登りきったら鳥居があった。奥の方にも鳥居があり、さらに奥にある暮石の様なものの傍に誰かが座っていた。
「ーーーー仮面…?」
「青天目さんです」
「なばため…」
白くて長い髪は乱雑に切られた様な印象を受けた。顔の上半分を狐の仮面で隠したその人物は古びた深緑の軍服の上に色鮮やかな着物を羽織りの様に肩にかけていた。
「…何をしに来た、音無」
墓石に体を預けて座るその人物は、うんざりした様な声音で音無を見上げた。俺は少し後ろに立ち止まり、音無を見つめる。
「お久しぶりです。青天目さん」
「………何をしに来た」
「青天目さんが探している人の子、見つけましたよ。後、俺の刀返して下さい」
「ーーーーー貴様が人の子を連れ歩いて居るのはどう言う心境の変化だ?」
会話になっていない会話を聞き流しながら辺りを見回すと、このひらけた空間は墓石があるこの場所にしか無いらしく、上に続く道は無いようだった。
丁度墓石の真上には木がなく、太陽の光がおちている。それを見上げながら息を吐いた。
「美景さん」
「? なんだ」
急に名前を呼ばれ、音無の方を向くとニコニコと笑いながら手招きをされた。怪訝に思いながらも近づくと、仮面の人物が見上げてくる。
よくよく見れば、仮面の目の部分には穴は開いておらず、目は見えない。ただ分かるのは「おそらく人では無い」という事だけだ。
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