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音無は、何を思って俺に声をかけたんだろう。確かに疲れ切っていた。引き継ぎや、会社を辞める旨を取引先に伝えなくてはいけなかったり、同時進行で親戚達の相手もしなくてはいけなかった。
お金を貯めこんでいたわけでは無いのに、両親が遺した金の話をされて。
確かに、死にたいくらいに疲れていたし、考える事なんて放棄していたから「心」はとうに死んでいたんだろう。
味のしない食事をとり、当たり障りのない会話を繰り返す、そんな日々が一年も続けば疲弊もする。
いつだって、朝目が覚めたら絶望する。
あぁ、また生きている。そんな当然を、さも悪い事かのように。
いっそ、だれかーーーー
「ーーーげさん、美景さん!」
「…、おと、なし…?」
肩を揺さぶられ、重たい瞼を持ち上げた。ぼやけた視界に、音無の色だけが揺れる。片腕で胸元に引き寄せられて、少しずつ視界と思考がはっきりしてきた。
「…どう言う状況」
思いの外強い力で抱き寄せられていて、押し返そうにも体制がきつい。
「なんで美景さん、そんなに死に近くなってるんですかっ」
「は?なに…を………なにこれ」
居間の畳に刺さる、音無が手にしている以外の、刀。
「血…が、……音無、これ」
「大丈夫です。それより美景さん」
「なん、…なんだ」
「何考えてました?何をみてました?妖狩りが見つける程、貴方は何に絶望してるんですか」
「……は?なに、なんの話を」
ザクリと音無が手にしていた刀を畳に突き立て、今度は両腕で抱き込まれた。
「音無?」
大体なんでこのご時世に畳に三本も刀が刺さってるんだとか、訳が変わらないままに抱きしめられてる今の状況だとか、説明が欲しい。
「音無、あやかしがりって、なんだ。あと痛い。離せ」
「ーーーーー今、なに考えてます?」
「は?なにって、この状況を整理しようかと」
音無の問いかけにそう答えれば、僅かに腕の力が弱くなり、額にこつりと音無の額が合わさる。
「近い」
「我慢して下さい。俺、今少し怒ってます」
「意味がわからないんだが」
「ね、美景さん」
話を聞け。状況を説明して欲しいのに、説明がない上、なんで音無が怒ってるんだ。
「………寿命って、あるでしょう?妖狩りって言うのは、例えばその寿命に関係なく強く死を望むと、くるものなんです。だから、貴方は死を望んだ事になる」
「は」
「たぶん、無意識なんでしょうけど」
「……俺が?」
いっそ、だれか、
とは確かに思った、気がする。ただ、あまりにも一瞬の事だったような、気もする。
だけど、それだけで。
「そんな事で…?」
「そんな事、なんて、思う事が普通じゃないんです」
視界で揺れる音無の髪の隙間から、金色の瞳が覗く。射抜かれたように、吸い寄せられるようにそらせないその瞳をじっと見つめた。
「普通に生きてる時は、「死にたいと思う」のを、そんな事、では済ませません。美景さん」
「…………別に、死にたい、なんてーーー」
「思ってないですか?本当に?」
「なんで、そんな事」
「お願いです。美景さん。俺を早く好きになって」
好きになってください。
消え入りそうな声音で届いた言葉は、触れ合った唇に吸い込まれるように、消えた。
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