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なんでそんなに必死なんだとか、そんなことを考える前にキスされたんだという現実に一気に顔に熱があつまった。
「っ、なに、を」
「そんな反応されると照れますね」
ふふ、と笑いながら音無の指が唇を撫でて、離れる。
「しばらくは、俺の事だけ考えて下さい」
「……おま、え、なん、なに、馬鹿なのか」
「音無、です」
「お、おとなし、は」
「馬鹿とは心外ですね。貴方が好きだから普通じゃないですか?」
綺麗な顔をしてなにを言ってるんだこいつは。普通って、なんだ。
「急に、は、駄目だろう」
「なら、次からは」
そう言いながら、人差し指で自分の唇に触れると、その指を今度は俺の唇に押し当てた。
「こうします」
「!」
「どうですか?俺との口づけ」
「っ…!」
キスなんて何年振りだ、なんて考える暇もなく、そのまま音無の手を払いのけて「寝る!」と半ば叫ぶように寝室に駆け込んでベッドに潜り込んだ。
背後からさっきまで寝てましたよ。という言葉が聞こえた気がしたのも、無視した。
「…?」
「あれ、起きちゃいました?もう朝ですよ」
「添い寝はやめろと何度言えば」
だから、朝目が覚めた時に綺麗な顔が目の前にあると驚くだろう。
「だって、うなされてましたから」
「……夢なんて見てない」
「言ったでしょう。無意識なんですよ。多分」
「宗教勧誘ならほかでしてくれ」
ため息をつきながら体を起こすと、隣で寝ていた音無が声を上げて笑うものだから、髪をぐしゃぐしゃに撫でた。
「あはは!そのセリフ、久しぶりに聞きましたね」
「音無はいちいち怪しいのが悪いんだ」
「怪しくないですよ。美景さんが疑ぐり深いんです」
まだ笑いながら起き上がった音無は髪がぐしゃぐしゃだと言いながら背伸びをしていた俺に抱きついた。
「音無。体制がキツイ」
「美景さんって細いですよね。ご飯そんなに食べないからですか?」
「ーーーーとりあえず、離せ。腕を下ろしたい」
「あ、すいません」
ぱっと離れた音無にため息を吐きつつ、腕を下ろした。
「ところで美景さん、居間の机に新しい職探しってメモありましたけど、働きたいんですか?」
「……いや、働かないと金が無いだろう。金が無いと人は生きていくのが難しいんだよ」
生きてるだけで、と言うかもうそこに居るだけでお金がかかるご時世だ。いくら貯金があるとは言え、働かないとそろそろまずいだろう。住む場所がなくなる。
だけど冷静に考えて、今この現状、職安に行くとなると確実に音無がついてくる。この目立つ男がそばに居るだけで就職に不利になりそうな気がする。
決して派手では無いけれど、目立って仕方がない。
「ーーーーー…美景さんは、働くの、好きですか?」
「好きではないな」
「無理矢理やりたくないことをやって、また死にたくなりません?大丈夫ですか?」
「……好きな事も、無いんだ。嫌いな事もない。やりたい仕事なんてないし、やりたくない仕事もそこまで思いつかない」
下を向きながら指を組んで小さく音無の言葉に答えた。
すこしだけ伸びた前髪が目にかかる。ふと息を吐くと、視界の端から音無の手が伸びてきた。
「美景さん」
ピタ、と頬に触れる手に僅かに顔を上げた。
「……楽しかった思い出とか、ありませんか?小さな頃、笑った思い出とか」
「思い出…?」
「はい。すごく、楽しかった記憶です」
「ーーーーーーー…ある」
それこそもう、忘れそうなくらい、昔の。
「聞かせてくれませんか?」
音無はそう言うと、僅かに首を傾げながら、「ね?」と笑う。
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