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小さな頃、両親は仲が良かった。
父は俺にとってヒーローで。逆上がりも、かけっこも早くて、背も高い。
母は、そんな父が大好きだといつも態度に出ていた。明るく活発で行動派な父と、割と温厚で優しい母。
俺は一人っ子だったけれど、別に特別甘やかされた訳でもない。どちらか言えば父は母を甘やかしていた。
「………美景さん?」
むにっと頬を摘まれて我にかえる。ハッとしたように音無を見ると、ただ優しく笑っていた。
「楽しかった、思い出か」
「はい」
「………七歳の、誕生日に父とケーキを作ったんだ。結局、失敗した、けど……」
小さくこぼした言葉の、続きを言えなくて言葉を止めた。僅かに俯いて、組んだ指を見つめる。
あぁ、そうか。
あの失敗してしまったケーキは、美味しかったし、結局あの後に母がホットケーキを焼いてくれて、三人で食べた。
誕生日おめでとう、と言う二人の笑顔が大好きで、楽しくて。
「美景さん、もうずっと笑ってないでしょ。泣いても、ないんじゃないですか?」
「…大の大人が、そんな、泣くのは」
「なぜ?泣くことは恥ずかしい事じゃありません。感情は殺すものじゃない」
今は俺しかいませんよ。と笑いながら、音無が俺の頭を撫でて、そのまま引き寄せた。
「親が居なくなってしまう辛さって言うのは、分からないですけど、泣けない辛さなら、分かります」
「………そうか」
「はい。だから、泣いて、笑って、楽しい事沢山しましょう。俺が居ますから」
「……物好きだな」
「俺は、貴方を置いていったりしませんよ。美景さん」
震える声で、そうか、と返事をした。
有給を取り始めてから約一週間。
取り立てて何かあった訳ではないが、新たな職を探しには行った。
勿論音無付きで。あの時の周りの視線を思い出すと居た堪れない。二度と行きたくない。けれどそんな事も言ってられないから、雑誌の募集欄で探すことにした。
「…せっきゃく、って、どんな仕事ですか?」
「店の店員だ」
「じゃあこれは?」
「……遊園地の着ぐるみだ」
「これ」
「イベントの警備員」
「あ、これなんてどうですか?えっと、時間帯要相談。貴方の希望に応えます。1日3時間から、時給1500円」
「時給が高すぎて怖い」
「えぇえ…、でもこの……うわ」
音無が隣で聞いた事もないような低い声で呻いた。
「なんだよ」
「いや、これ、知り合いですね。やめましょう」
「は?音無の知り合いなら話が早いだろ」
「駄目です。目が合った瞬間に斬りかかりますから俺」
「なんだその物騒な知り合い」
目が合った瞬間って、なんだそれ。物騒すぎるだろう。
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