17 / 23
17
小さく息を飲んで、いつのまにか閉じていた目を開けた。
首元のひやりとした感覚が無くて、思わず首に手を当てる。僅かにぬるりとした感触に、ゾッとした。手の平を確認すれば、僅かに赤い。
「俺のものに、手を出さないでくれますか」
聞き慣れた声に、目の前の赤い髪を見つめた。右手に握られた刀の先が赤い。
「おとなし、っ、」
思った以上に声が上ずって震えていた。
「大丈夫ですよ。美景さん」
音無が壁になっていて、さっきの奴が居るのかいないのかも分からない。手にしていたビニール袋が音を立てて、あぁこれは現実なんだと僅かに目を伏せた。
「………おとなし」
死にたくないと、思ったんだ。
音無を思い出したから。まだ、一緒に居たいと思ったから。
思ってしまったから。
「美景さん」
ふわりと頭を撫でられてから、我に返った。ずっと無意識に首に当てて居た手を離して、音無を見上げる。
「痛くないですか?」
「え、あ、あぁ。痛くは、ない」
手にしていたビニール袋を持つ手に力をいれて、ふと息を吐く。首に当てていた手には血が付いているから、できれば早く洗い流してしまいたかった。
「帰りましょう。まだ時間もありますから」
さりげなくビニール袋を取り去って歩き出す音無の背中を見つめ、俺も歩き出した。
「ーーーーなぁ、音無」
「何ですか?」
「真っ先に、音無が浮かんだんだ。あの、刀、………俺、死にたくないと、思ったんだ」
少しだけ、声が震えて足を止めた。
家の目の前だ。律儀にも鍵を閉めて出たのか、音無は目の前で玄関の鍵を開けていた。
「……俺が気づかなかったら、どうするつもりだったんですか?」
ガチャリと玄関が開き、音無がそう呟いた。
「入って下さい。美景さん」
「音無」
「怒ってますから。少しだけ」
いつもと同じように笑う、その表情が少しだけ怖い。大人しく家に入り、靴を脱いで居間に向かった。
「それで?なんで一人で行ったんですか?」
首の傷に消毒をしながら、音無がいつもより低い声音でそう聞いてくる。
なんで、と言われたって。
「今までは、一人で買い物だって、してた訳だし」
「なら、これからは駄目です」
「……殺しそこねたらと、言ってた。あれは誰だ?俺がなんであんな目に合わなきゃいけない」
一人になるのを待ってたと、そう言ったあいつは、一体誰なんだ。
「妖狩りですよ。あいつらは、殺せればいいんです。魂を喰らって生きていますから」
「ーーーー…死にたくないって思っても?」
「殺しそこねた時の感情しか、わからないでしょう。無意識であれ、貴方は一度自らあれを呼び寄せていますから」
薄いガーゼを肌に優しいと書かれているテープで固定してから、音無が俺を見つめた。金色の目が、僅かに光って見える。
「俺は美景さんが好きですよ」
「前にも、言ったが、そんな要素がどこにある」
「理由が要りますか?」
「は」
「俺が貴方を好きな事はおかしいですか?」
「おかしいとか、そんな話じゃないだろう」
「いいえ。同じです。好きだと感じる事を貴方はおかしな事だと思っているでしょう。俺が美景さんを好きなのは、貴方だからだとしか、言えません。ただ、離れたくないし、側にいたいんです。一緒に生きたいと、思ってしまったから」
音無はそこで一回言葉を止めて、少しだけ目を伏せた。
「この想いは、貴方にとって重荷ですか?」
「違う!」
思った以上に大きな声が出て、俺は思わず目を丸くした。音無がやわやわと伏せた目を開き、
首を傾げながら困ったように笑う。
俺の頭を撫でて、続けてくださいと呟いた。
「……一緒に、居たいと…思ったんだ。あの刀が首に触れた瞬間、思い出したのが音無で、死にたくないって、まだ、居たいって思った」
「はい」
「だから、別に、重荷とか、思ったりはしてない」
ともだちにシェアしよう!