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小さく息を飲んで、いつのまにか閉じていた目を開けた。 首元のひやりとした感覚が無くて、思わず首に手を当てる。僅かにぬるりとした感触に、ゾッとした。手の平を確認すれば、僅かに赤い。 「俺のものに、手を出さないでくれますか」 聞き慣れた声に、目の前の赤い髪を見つめた。右手に握られた刀の先が赤い。 「おとなし、っ、」 思った以上に声が上ずって震えていた。 「大丈夫ですよ。美景さん」 音無が壁になっていて、さっきの奴が居るのかいないのかも分からない。手にしていたビニール袋が音を立てて、あぁこれは現実なんだと僅かに目を伏せた。 「………おとなし」 死にたくないと、思ったんだ。 音無を思い出したから。まだ、一緒に居たいと思ったから。 思ってしまったから。 「美景さん」 ふわりと頭を撫でられてから、我に返った。ずっと無意識に首に当てて居た手を離して、音無を見上げる。 「痛くないですか?」 「え、あ、あぁ。痛くは、ない」 手にしていたビニール袋を持つ手に力をいれて、ふと息を吐く。首に当てていた手には血が付いているから、できれば早く洗い流してしまいたかった。 「帰りましょう。まだ時間もありますから」 さりげなくビニール袋を取り去って歩き出す音無の背中を見つめ、俺も歩き出した。 「ーーーーなぁ、音無」 「何ですか?」 「真っ先に、音無が浮かんだんだ。あの、刀、………俺、死にたくないと、思ったんだ」 少しだけ、声が震えて足を止めた。 家の目の前だ。律儀にも鍵を閉めて出たのか、音無は目の前で玄関の鍵を開けていた。 「……俺が気づかなかったら、どうするつもりだったんですか?」 ガチャリと玄関が開き、音無がそう呟いた。 「入って下さい。美景さん」 「音無」 「怒ってますから。少しだけ」 いつもと同じように笑う、その表情が少しだけ怖い。大人しく家に入り、靴を脱いで居間に向かった。 「それで?なんで一人で行ったんですか?」 首の傷に消毒をしながら、音無がいつもより低い声音でそう聞いてくる。 なんで、と言われたって。 「今までは、一人で買い物だって、してた訳だし」 「なら、これからは駄目です」 「……殺しそこねたらと、言ってた。あれは誰だ?俺がなんであんな目に合わなきゃいけない」 一人になるのを待ってたと、そう言ったあいつは、一体誰なんだ。 「妖狩りですよ。あいつらは、殺せればいいんです。魂を喰らって生きていますから」 「ーーーー…死にたくないって思っても?」 「殺しそこねた時の感情しか、わからないでしょう。無意識であれ、貴方は一度自らあれを呼び寄せていますから」 薄いガーゼを肌に優しいと書かれているテープで固定してから、音無が俺を見つめた。金色の目が、僅かに光って見える。 「俺は美景さんが好きですよ」 「前にも、言ったが、そんな要素がどこにある」 「理由が要りますか?」 「は」 「俺が貴方を好きな事はおかしいですか?」 「おかしいとか、そんな話じゃないだろう」 「いいえ。同じです。好きだと感じる事を貴方はおかしな事だと思っているでしょう。俺が美景さんを好きなのは、貴方だからだとしか、言えません。ただ、離れたくないし、側にいたいんです。一緒に生きたいと、思ってしまったから」 音無はそこで一回言葉を止めて、少しだけ目を伏せた。 「この想いは、貴方にとって重荷ですか?」 「違う!」 思った以上に大きな声が出て、俺は思わず目を丸くした。音無がやわやわと伏せた目を開き、 首を傾げながら困ったように笑う。 俺の頭を撫でて、続けてくださいと呟いた。 「……一緒に、居たいと…思ったんだ。あの刀が首に触れた瞬間、思い出したのが音無で、死にたくないって、まだ、居たいって思った」 「はい」 「だから、別に、重荷とか、思ったりはしてない」

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