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「少しは好きになってくれました?俺の事」
「………た、……」
「美景さん」
「たぶん」
小さく答えて、音無から顔をそらした。柄にもなく顔が熱くて、恥ずかしくて逃げ出してしまいたい。
「美景さん」
「な、ーーーーーーなん、だ」
力任せに向き合わされて、目を見開きながら思わず音無の頬に手を伸ばした。
「なん、なんで泣いてるんだ」
ぼたぼたと堰を切ったように溢れる涙が、音無の頬を濡らしていく。
「な、泣きすぎだろう。どうしたんだ」
音無が泣くとは思って居なくて、俺はどうすればいいのかわからず、とりあえず親指で涙を拭う。それでも間に合わないほどの勢いで流れる涙に、音無が口を開いた。
「結婚してください」
飛び出した言葉が理解できなくて、そのまま動きを止めると、音無が同じ言葉を繰り返した。
「美景さん、俺と、結婚してください」
「は、音無、え、なに」
「一生、一緒にいてください。俺と一緒に生きて、一緒に死んで下さい」
音無の手がうなじに伸びて、引き寄せられた。そのまま抱き込まれて、首に息がかかる。
「仮初に刻んだ印じゃなくて、本当に俺のものにしていいですか?」
「ちょ、まて。そもそも印の説明は」
「…………俺の為に、人を捨てて下さい」
「は!?」
混乱したままで、昨日約束を取り付けた店の前に立っていた。
時間も約束通りだ。音無は相変わらず俺の隣に立っている。唯一違うのは、手を握られている事だろうか。
「音無」
「大丈夫です。急に斬りかかったりしません多分」
多分か。
心の中で突っ込みを入れて、扉のノブを握った。本日貸切と書かれた扉を開くと、中は意外と広い。
「こんにちは」
昼間は喫茶店をしているらしいこの店は、名前がなかった。強いて言うなら、喫茶店という名前の喫茶店、らしい。
入ってすぐ左手にあるカウンターの中にいた黒髪の青年に声をかけると、こんにちはと返ってくる。
少し垂れ目の、綺麗な顔をした青年だ。
「小鳥遊ですが」
「あぁ!聞いてます聞いてます、面接っすね!」
「はい」
「俺、優呉って言います。桜庭優呉。よろしく」
元気のいい青年は、そのままカウンターの裏に行ってしまった。
俺はなにも言わない音無を見上げる。目が合うと、にこりと笑った。
「なぁ、芳晴さん!来たって小鳥遊さん」
「ん?あ、忘れてた。今いくよ」
聞こえて来た会話に、音無の手が離れた。
「はいはい、こんにちは。面接ーーーげ」
綺麗というか、美人と言うか、それこそ芸能界に居ないとおかしくないかと言える容姿をした男、が出て来た瞬間に音無を視界に入れるとその見た目にそぐわない声をあげた。
きている服は女物、のような気がするが、声は完全に男だ。
「音無」
「ーーーーー斬りかかったり、しないので」
にこりと笑う音無に頭を抱えたくなった。
「へぇ、音無が人の子を選ぶなんて凄いね」
くすくす笑いながら、芳晴と呼ばれて居た彼がカウンター席に座るように促してきた。
当の音無は、少し離れたカウチソファーに腰を下ろしている。
「あー、でも、そっか。だからここにきた感じかな」
「新しい職を今探してまして」
「それならいいよ。おいでよここに。ちょっと変わった子たちしか居ないから、過ごしやすいと思うよ」
「え、そんな簡単で良いんですか」
「大丈夫大丈夫。ここ、僕の知り合いのお店を借りてるんだけど夜は弟が担当してるから、昼でも夜でも構わないよ」
一枚の紙を渡されて、その内容を確認する。
余りにも簡単で、拍子抜けしてしまった。
「じゃあここにサインね。後、音無が凄く見てる」
「あ、いやなんか、すみません」
「大丈夫大丈夫。凄く仲が悪いだけだから」
「大丈夫な要素がない」
なに一つ大丈夫な感じがしない。音無に目を向けると、おもむろに立ち上がり、隣まで歩いてきた。その顔を見上げると若干機嫌が悪そうだ。
「俺を嫌いなのは芳晴でしょう。その女装趣味、やめないんですか?」
カウンターに手をついてにこりと笑う。ピリピリした空気に頭を抱えた。ここまであからさまに敵意を剥き出しにすると言うことは、本当に仲が悪いのだろう。
「似合うから何も問題ないでしょ?それよりも、音無が人の子を選ぶなんて意外だったね。人の子に興味なんてないくせに」
「美景さんだけなので。他は知りません」
「ーーーーーーーー驚いた」
芳晴さんがキョトンとした表情で音無を見つめる。
「なんだ、遊びなのかと思ったけど真剣なんだね。それなら、仮の印じゃなくてちゃんと刻んだら?」
「交渉中です」
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