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悶々と考えてはいた。 音無から印についての説明は受けたし、だけどそれを直ぐはいどーぞなんて言えるわけでもなくて。 そもそも、俺は本当に音無が好きなのだろうか。ただ一人がさみしいから一緒に居てくれる存在が欲しいだけじゃないのか。とか。 大体、話の展開が急すぎてついていけない。 「美景さん?」 「あぁ、いや、なに」 「帰りましょう。また明日来ればいいので」 早く帰りましょうと急かす音無に引っ張られ、店を後にした。 明日また行って、働き始める日時を決める話運びになったらしい。 「なぁ、音無」 「はい」 「この体勢は?」 後ろから音無に抱きしめられている、この体勢はなんだと問えば、音無からはくすくすと笑いながら「美景さんはサイズ感ぴったりですね」と答えになってない答えが返ってきた。 「俺はこれでも百七十はあるんだからな。身長。音無がでかいだけだろう」 「背丈は…測ったことが無いのでわかりませんね」 「ーー…で、この体勢はなんだ」 「疲れました。平静を保つのに全神経を注いだので、俺は今絶賛充電中です」 後ろから回された音無の腕が俺の腹の前にあるのをじっと見つめて、背も高いが手もでかいなと思わず握った。 「……美景さんって実は、かわいいですよね」 くすぐるような声が耳元で聞こえて、いやかわいげはないだろうと呟く。 「俺、怪しい宗教勧誘じゃなかったでしょ?」 「確かに、な」 はー、と長い息を吐きながら背後の音無に寄りかかるように体から力を抜いた。 「………美景さんのそばにいるとなんだか元気になりますよ、俺」 「音無はどこに行くにも一緒だから、居ないと違和感があるといえばあるからな。慣れって怖いな」 音無の左手の手のひらをむにむにと触りながらそう言えば、あいている右手でそれを制された。 「なんだ」 「いや、なんだって、美景さん。さっきから俺の手で遊んでますよね?」 「綺麗な手だな、と」 「………」 「なんだ」 急に無言になられると、反応に困るだろうと僅かに身を捩り音無に顔を向けた。 「ーーーーちょっと、前向いてて下さい」 「貴重なものが見れたな」 「っ、もう、こんな時に笑うのは狡いですよ!今まで一回も笑った顔見たことないのに」 「…笑ってたか。俺」 顔が真っ赤な音無なんて、そうそう見れるものじゃないだろう。なんだかおかしくて。 そうか、笑ってたのか。俺は。 「………笑えるのか、俺」 「笑えますよ、ちゃんと」 「はは、そうか」 笑えるように、なったのか。 ふと息を吐いて、音無に向き合うように姿勢をただした。 「? 美景さん?」 「感謝は、してる。あのまま独りでいたら、俺はきっともう死んでいたんだとおもうから。………誰かが近くにいるのは、話す相手がいるのは、安心する。だから、ありがーー」 ありがとう、そう言いたかったのに、音無の手が俺の口を塞いだ。 「美景さん。できれば、その言葉は今際の際まで持っていて下さい。本当は、俺が貴方を縛り付けたんです。貴方を俺に縛り付けて、離したくなくて、誰かに、取られたくなくて。だから、貴方から今、その言葉を聞きたくありません」 眉根を下げながら、音無が寂しそうに笑った。 「それでも俺は、貴方を手放したくないんです。だから、ずっと、一生、来世すら俺に下さい。これから生きる貴方を全部、俺に下さい」 人を捨てて下さい。 ひとりであることも、捨てて下さい。 命も全部、欲しい。 音無は真っ直ぐに俺を見つめて、目眩がするくらいの言葉を紡いだ。恥ずかしげもなく、ただ、真剣に。 俺の手を握って、真っ直ぐに、歪みなく。 ただ正直なくらいの欲望だった。 「ーーーーー俺は、…家族がいない」 ポツリと、言葉を吐いた。 「ずっと、両親の喜ぶ顔が見たくて…父の日も、母の日も、誕生日も、二人の結婚記念日だって、祝ったり、プレゼントを買ったり、してた。そう言う普通の幸せが、ずっと、恋しかったんだ」 両親の墓石の前には、最初に訪れてから、行けなかった。現実が怖かったから。ひとりでこれからどう生きればいいのかわからなくなりそうで、それが怖くて。 だけど、会社を辞めると決めた時、2回目の墓参りに行った。 もう、涙も出なくて。 はたと気づけば、笑うことすらできなくなっていた。 味のしない食事をとって、ただ生きるために働く毎日に疲弊していた。 「音無くらい強引に来てもらわなきゃ、もうきっと泣けなかったし笑えなかったと、おもう」

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