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「俺、強引でした?」 「かなりな」 「でも、貴方は逃げなかったでしょう」 いくらでも、逃げる機会なんてあったはずなのに。そう言われてしまうと、反論ができない。 音無の言う通り、おそらく逃げ出そうと思えば、逃げだせた。結局、音無を受け入れていたのは自分自身だし、いま、この状況を作り上げたのはお互いの意思が同じだからなんだろう。 「ーーーーー死ぬときは、一緒か」 「……遺して、なんて、ありえませんよ」 「そうか」 「…美景さん、キスしてもいいですか」 「それ、改めて言われると恥ずかしいな」 小さく笑うと、そうでしょうと音無の顔が近づいた。 「…………来週」 「そう。今日は水曜日だから、来週の月曜から、どう?」 カウンター越しに首を傾げながらきいてくる芳晴さんに、それで大丈夫です。と答えた。 「音無は?」 「あぁ、音無は「平静を保つのに体力を大量に消費しますから、外で待ってます」って言ってました」 そう答えると、芳晴さんは少しだけ困ったように笑った。 「うーん。僕、音無は嫌いだったけど、美景さんに対する態度を見る限り、仲良くなれそうな気がするんだけどなぁ」 音無からは、芳晴さんを嫌いな訳は聞いてない。俺から聞くような話でもないだろうし、当の本人が話したがらないような気がした。 俺は芳晴さんから渡されたシフトの紙に出れる日と時間を書き込んで渡すと、カウンター席を降りる。 「…あ、美景さん。来週から、よろしくね」 「こちらこそ。ありがとうございます」 「音無にも、よろしくって言っておいてね」 わかりましたと返事をして、店を出た。 扉のすぐ横に立っていた音無を見上げると、その頬に僅かに鱗が浮かび上がっていて、目線は一点を見つめている。 その先に、ひとりの男の人が立っていた。 「おとなし…?」 小さく名前を呼ぶと、弾かれたように俺を見下ろしながらふと微笑む。うっすらと消えた鱗にホッと息を吐いた。 「……話は終わりましたか?」 「あ、あぁ。終わった。…大丈夫か?」 「はい。美景さんの顔を見たら大丈夫になりました」 にこにこ笑う音無に、さっきのピリピリした空気はもうなかった。さっきまで視線の先にいたはずの男の人も、もう居ない。 銀髪なんて、珍しい色だったけど…。 「……帰りましょう、美景さん」 「あぁ。あ、その前に…すこし、いいか」 寄り道がしたい。 そう言った俺に大人しく付いてくる音無は、少しだけ雰囲気が暗いような気がした。だけど、話しかけてくるし、話しかければ普通だしで、やっぱりまだ難しい。 「……お墓、ですか」 「あぁ。うん。音無が一緒なら、大丈夫だろう、と」 「ーーーー…美景さん」 「花も何も、持ってないけど」 小鳥遊家ノ墓と彫られた墓石の前にしゃがみ、手を合わせた。 「美景、さん」 「うん?」 「なんで、俺をここに連れてきたんですか?」 立ち尽くしたまま、墓石を見下ろす音無は少しだけ戸惑っているようで、俺は立ち上がるとその手を握った。 「……音無が一緒なら、悲しくても寂しくは、ないから」 「……」 「音無、俺は多分、好きだ。音無が」 ぎゅっと手を握り、音無を見上げる。その表情は少しだけ泣きそうに歪んでいた。 「音無が一緒なら、生きていたいと思えるようになった。笑えるし、泣けるし、だから、これからも一緒に居たいと思ってる」 「…はい」 「ーーーーーだから、音無を俺にくれないか」 はっきりと音無の目を見つめながら言葉を紡いだ。息をのんだ音無は、手を握り返してからそのまま俺を引き寄せて、痛いくらいに抱きしめる。 「愛してます、美景さん」 耳元で囁かれた言葉に、背中に腕を回して小さく頷いた。 「……っ、俺、美景さんを好きになって、よかった」 それは、きっと俺だってそうだ。 「俺と、楽しい事たくさんしましょうね。美景さん。たくさん笑って、貴方を大切にしますから」 「うん」 「俺の事、もっと知ってください」 「あぁ」

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