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小さな変化だったと、思う。 それはきっと気がつかないうちに少しずつ。 「ん、しょっぱい」 「えっ」 「あ?」 朝、自分で作った味噌汁をなんとなく味見したら、少しだけしょっぱくて。隣に立っていた音無が驚いたように声をあげた。 「……しょっぱい?」 「俺今、そう言ったな」 手にしていたおたまを鍋に入れてから音無を見上げると、自分の事のように嬉しそうに笑って 「味、しました?味しました?」と繰り返し聞いてくる。 「…しょっぱかった」 「激辛でも味がしなかった美景さんがしょっぱいって」 「ーーーーー…喜びすぎじゃないか?」 犬か何かか。 「お前も少し味見したら。味噌入れすぎてしょっぱいから。お湯足すか」 「あ、ほんとですね。少ししょっぱい」 「だろ」 少しずつ、少しずつ、音無に出会ってから変わり始めて、それが全ていい方向に向かっているのかは分からないけれど。 でも少しだけ厄介なのが、音無の好き嫌いかもしれない。 「音無も飲んだら?」 芳晴さんの店で働き始めてから一ヶ月。音無が迎えにくると、芳晴さんがアイリッシュコーヒーをすすめるのが最近のやりとりだ。 ゲーリックコーヒーは芳晴さんがあまり好きではないらしく、店のメニューにもない。 基本は一人でまわせるように予約客だけの喫茶店だったけれど、その予約が多くなってきたため、求人募集をかけたんだそうだ。 俺自身は酒も飲めないし、煙草も吸わない。ただ、音無はザルだ。 それを知ったのも最近だった。 「芳晴、何度も言ってますが、飲みません」 「お酒すきでしょ、音無は」 「訂正します。貴方からすすめられたら飲む気をなくします」 「わぁ、酷い。おかしいなぁ、音無のことやっぱり嫌いかも」 「それは光栄ですね。是非そのまま嫌っていて下さい」 綺麗な笑顔を顔に浮かべたままの二人の会話は少しだけ剣呑だ。音無が刀を取り出したら止めようとは思っているけれど。 カウンターテーブルを拭きながらそんな二人のやりとりにため息を吐いた。 「……そう言えば、この間聞いたその…なんだ、皇って結局何人居るんだ?」 このままだとラチがあかなそうだと二人の会話にそう投げかければ、音無と芳晴さんの言葉が止まった。 「五人ですね」 「音無は全員と仲が悪いのか?」 「…………………そん、な、事は……」 無いとはすぐに言えないあたり、仲良くは無いんだろうなと思った。こんなに好き嫌いが激しくて今までどうやって生きてきたのか不思議なくらいだ。 「芳晴さん、テーブル拭き終わりました」 「はーい。ありがとう。今日は上がりで大丈夫だよ」 「わかりました。音無」 「はい」 着替えてくるから待ってろと告げて、カウンターから裏側に入る。 のれんの先には小さな厨房と、その奥には二階へと続く階段がある。それを登ると更衣室兼事務所があるのだ。そこで着替えて、タイムカードをきるだけ、なのだけど。 「……一ヶ月、か」 小さくつぶやいて、ふと息を吐く。 新しい職と言うのは、やっぱり疲れる。それでも少しだけ楽しいと思えるようになったのは音無のおかげかもしれない。 下に降りると、帰ろうかとカウンター席に座っていた筈の音無がいなくなっていて首を傾げた。 「音無…?」 カウンターを見れば、芳晴さんもいない。二人してどこに行ってしまったのだろうと辺りを見回した。 「?」 がらんとした店内に、人の気配はない。 荷物を手にしたまま喫茶店の入り口の扉に手をかけると、背後からドアノブにかけていた手を掴まれた。 「…………あれ、どこにいたんだよ」 振り向いて確認すれば、そこには音無が立っている。ゆっくりとドアノブから俺の手を離し、そのままぎゅっと握った。 「帰りましょう。美景さん」

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