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第2話

広瀬は、数日前から小森北署の事件に駆り出されている。大井戸署から応援と言えば聞こえがいいが、大井戸署管内もかかわっている事件なので仕方なくだ。広瀬の他に数人がいっている。 いつも広瀬と一緒に仕事をしている宮田は、別な案件にかかりきりでいない。 違う署に行って仕事をすることはそれほど苦ではない。だが、小森北署で広瀬たちに指示をだしてくる長谷川警部補が、かなりくせのある人物だった。 まず、連絡事項をきちんと伝えてくれていないことがわかった。 聞き込み捜査の割り当て場所は、不便で骨が折れ、無駄なところばかりだ。重要なことを知らされないのでミスが多発し、おまけに成果がないので、わけもわからない理由で叱責される。大井戸署から一緒にいった他の同僚たちもバラバラに配置されているが、同じような状況のようだ。 意図的な理不尽や嫌がらせには慣れている。コツコツやるしかないな。早く終わるのを待とうと思った。そして、大井戸署が自分には居心地のいい場所なんだな、と改めて感じた。 ストレス満載で、家に帰りつき、すぐに寝て明日に備えようとベッドに横たわり手足を伸ばす。深呼吸してリラックスしようとした。 目を閉じていたら、東城が帰ってきた。寝室に来て、何か言っている。 「なあ、マッサージチェア置こうかと思うんだけど、どうだ?」 広瀬は、目を開けて彼の顔を見た。どうしてそんなことについて広瀬の意見を求めるのだろうか。買いたいなら買えばいいだろう。欲しいものはどんなにへんてこなモノでも買ってるんだから。 「冷めた目でみるなよ。美人だけど」と彼は言い、甘えるように広瀬の上に寝転がってきた。 かなり重い。ぐえっとカエルの啼き声みたいな息がでそうになる。 この人、自分の体重が何キロかわかってないんじゃないだろうか。 広瀬よりも確実に重い。正確な体重は知らないけど、もしかすると、身長と筋肉量を考えると20キロ以上重いかもしれないのだ。 厚い筋肉の重量を広瀬にかけながら話をしてくる。 「福岡さんがさ、マッサージチェア買ったって言うんだ。それが、すごくいいやつらしい。こう、首筋とか、腰とか、人の手みたいにマッサージしてくれるんだって。大勢の召使にかしずかれる王様みたいな気分になるらしい。でかいマッサージチェア。毎日、自慢されてるうちに、だんだん欲しくなってきた。なあ、どう思う?」としつこく意見を求められる。 「東城さん、肩こりなんですか?」 「え?ああ、マッサージチェアだから?」 東城は自分の身体の凝りとマッサージチェアの因果関係が分からなくなっているようだ。王様みたいな気分になれる椅子だとでも思っているのだろう。 「凝ってる、凝ってる」と彼は二回軽く言った。とても凝ってなどいそうにない。 小学生がクラスメートに自慢されたものを欲しくなるみたいなものだ。 広瀬は手を回して彼の肩に触れた。筋肉があるだけだ。固いのは筋肉なのか凝っているのか、広瀬には分らない。 「マッサージしてくれるのか?」と東城は言った。「もうちょっと強めにしてくれると気持ちいいと思う」 広瀬は、東城の下から這い出して彼の腰にまたがると、体重をかけて肩に触れた。 肩から腰に掛けてじっくりと押していくと、彼は気持ちよさそうにしている。しばらくは、もっと強くとか、左の方とか注文を出していたが、そのうち静かになり、眠ってしまった。 広瀬は、東城の脇に横たわりながら、小森北署の話をしそびれたと思った。広瀬の愚痴っぽい仕事の話を聞いて欲しかった。

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