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第3話
次の日、昼過ぎに広瀬は小森北署管内のビルに向かった。捜査案件の行方不明の関係者が現れるという情報が入ったのだ。
そこは5階建てのビルで、外見は周囲と同じようなやや古めのたたずまいだ。
小森北署の長谷川警部補からは内部に入り込んで数日から一週間ほど出入りの客や従業員の情報を収集するよう言われている。
中は、有料会員制のクラブになっているらしい。こんな場所のこんなビルの中なので、怪しげなクラブであることは間違いない。違法行為は見つかっていないということだった。
今回の捜査では、このクラブでの情報収集の重要度は低い。他にも行方不明者に関する情報はあり、捜査の優先順位は低いのだ。
長谷川が、そんなどうでもいい場所に広瀬を送り込んだのは、無駄足でも調べる必要はあるからだろうが、嫌がらせという要素が強いと思う。
長谷川の手回しで、広瀬は、臨時のアルバイトとしてしばらく働くことになっている。
裏口にいくと、警備の男がいた。紹介状を見せるとあっさりと中に入れてくれる。
先輩スタッフの一人が紹介状を見て仕事内容を説明してくれた。広瀬と同年配の青年だが、かわいい部類に入る童顔で、ふわふわした髪を柔らかな赤茶色にそめている。
左手の中指の指先から袖口にかけて、爬虫類のタトゥーが入っている。腕のつけねまで伸びていきそうだ。
「ここは1から2階で食事や酒を楽しめる場所になっている。3階は個室だ。人に聞かれたくない打ち合わせにも使っている。うちは料理が上手くて酒もいいのをそろえているんで、商談や接待に使われている」
広瀬は、渡された制服を着た。黒を基調にしたもので、スタッフらしく目立たないものだ。
「仕事は、片付けや掃除。慣れれば個室に料理や飲み物運ぶのも。4階から上は、特に呼ばれなければ行くなよ」と彼は続ける。「誓約書はないけど、ここで見たことや聞いたことは一切口外しないほうがいい。全部、すぐに忘れることだ」と言われた。
クラブの内装は外見からはわからない贅沢なものだった。家具もライトも成金趣味の金ぴかだ。
説明された仕事は難しいものではなく、最初は、大量にある花に水をやったり、業者が来た時に入れ替えを手伝う程度だった。
動き回れるので従業員や客の顔を見るには最適な仕事だった。全員の様子を丁寧に確認していたら、捜査で追っている人物に会えるかもしれない。
昼間から、クラブは盛況だった。年配の男性の姿が多い。耳に入り込む会話から、会社経営者や弁護士といった職業の人間が利用している。
広瀬が探している男は風俗関係の店を複数経営している。経営者といえば経営者だが、昼間にここに集っている人間とはややタイプが違う、と思った。
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