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第4話
夕方から夜になると、クラブの本当の姿が現れてきた。ある程度予想はしていたが、上の階の個室が売春の場なのは明らかだった。
広瀬が準備を頼まれた個室には、ダブルベッドがあった。他のスタッフと一緒に食事や飲み物を並べていると、美しい若い女性が男に伴われてはいってきた。
顔を見たが広瀬が探している男ではなかった。だが、昼間、仮面をつけていた紳士たちが夜になって素顔をあらわにしてきているような雰囲気だった。
1階のバーにも男女が何組もいた。彼女たちは、エスコートサービスから派遣されてくるのだ、と童顔の先輩スタッフは教えてくれた。
「ここは専属の女の子はいない。外部から来る女の子と食事をしたりマッサージを受けるための場所を提供しているだけ」
未成年なのではないか、と思える外見の少女もいた。
「女の子が何歳でもこのクラブには関係ない。派遣されてきているのかもしれないし、親戚の子かもしれない。どちらでも美味しい食事とサービスを受けられる」
そう言ったあと、彼は意味ありげに微笑した。
これは風営法違反なんじゃないか、と広瀬は思った。小森北署は、この施設を見逃してやっているのか。大井戸署に戻ったら、生活安全課に事情を聞いてみようと思った。
広瀬は、できるだけ忙しそうなふりをしてフロアを行き来し、人の顔を見て歩いた。どの人間の顔も見逃さないようにしよう。
2階のバーで見回していると、席から合図をされて呼ばれた。ウエイターが近くにいるのに自分を呼んでいる。
なにがあったのだろうか、と思い近づいてみた。
40代前半くらいの男が2人座っていた。1人は黒いスース姿の店の幹部。もう一人はカジュアルな服装の髪を茶色に染めた男だ。客のようだが、店の幹部とは親しいようで談笑している。
2人とも何かのスポーツを本格的にやっていたのだろう、かなり体格がよくがっしりしている。首回りが太く、背中の筋肉がもりあがっている。他の席とは違い、女性はまだ来ていないようだった。
カジュアルな客の男は金回りはかなりよいようで、靴や時計は高級品だということがわかる。東城と暮らしていると値段が高いモノや質の良いモノが生活の中に当たり前のようにあり、自然と見分ける目ができてしまった。
「こいつは新人」とスーツ姿の店の幹部がカジュアルの茶髪に説明した。
「いつからだ?」とカジュアルなほうが聞いてくる。ずいぶんと横柄な口のきき方だ。
「今日からです。なにか、お手伝いすることが?」
2人の男は自分のことを頭からつま先までジロジロと眺めている。値踏みされているようだ。
店の幹部が言った。「このクラブでは、スタッフは客には膝をついて応対するんだ」
肉厚の唇の端をあげ傲慢な態度をしている。
「え、そうですか」接客だとは思わなかった。
膝をついた接客ってどうするんだったかな、と広瀬は迷った。そういうことする居酒屋にいったことはあるが、注意して姿勢を見たことはなかった。
店内を見回すと、確かに、ウエイターが片膝をついてかしこまって注文を聞いている。
同じように膝をついてみせた。2人の男を見上げるくらいの高さになる。
すると、カジュアル男は広瀬の顔に自分の顔を近づけてくる。
「遠めでもかなりの美形と思ったが、これはこれは。たいそうきれいな顔だな」
いきなり手を伸ばされ顎から頬にかけて指で撫で上げられた。広瀬はのけぞりそうになり、身体のバランスを崩した。後ろに倒れそうになるのを手で支える。
「おや、驚いたみたいだな」とカジュアル男は面白そうに言った。さらに手を伸ばしてきて、太腿にふれらた。広瀬はあせって立ち上がった。とっさのことに返事もできない。
カジュアル男は店の幹部と顔を見合わせ、にやにやと笑っている。
「ずいぶんと初心な子が入ったみたいだな」とカジュアル男は言った。「こんなにきれいな子をどこから拾ってきたんだ」
「水を持ってこい」と店の幹部は広瀬に言った。それからカジュアル男になにか耳打ちしていた。カジュアル男は薄笑いを浮かべ広瀬を見ていた。
広瀬は、その席から立ち去った。水は、ウエイターに言って持って行ってもらおう。
心臓がバクバクしている。なんだあの男たちは。自分をあからさまにいやらしい目で見ていた。彼らの頭の中で勝手に裸にされて凌辱されたようだ。気持ち悪い。
それに、店の幹部はカジュアル男に何を告げていたんだろうか。まさか、長谷川警部補の手回しがわざと失敗したものになっていて、広瀬が刑事であることが店にばれている、ということはないだろうが。
広瀬はその後3階の個室の片付けの手伝いに呼ばれた。1階に戻ると、先ほどの男の席にはカジュアル男と、またもや未成年なんじゃないか、と思われるような可憐な少年が座っていた。
テーブルにはアルコールや食事が並んでいる。少年は、笑顔を浮かべ、カジュアル男を喜ばせるようなことを言っているようだった。
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