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第5話
その後も広瀬は、雑用を頼まれ、1階から3階まで行き来した。仕事は多いおかげでかなり店のことが分かってきた。制服を着ているとどの場所にも出入りは自由にできる。
2階は1階に比べ、人が少なくで静かだ。1階よりも高級なエリアになるのだろう。内装や調度品の金ぴか度も抑えられている。
片付けをするため2階の廊下を歩いていると、向こうからスーツ姿の男が歩いてくる男に気づいた。知った顔だ。
向こうもこちらに気づいた。驚愕した顔で、早足に近づいてくる。
東城の同僚の竜崎だった。仕事に関係して何度か会ったことがあったので、顔をみたらすぐにわかった。
「どうしてここに?」と彼は声には出さず、口の中でつぶやいている。
素早くあたりを見回し、広瀬の腕をとって、廊下の端にあるドアを開き、非常階段を降りて踊り場についた。
竜崎は、細身ですらりとしていて、広瀬より少し背が高く、広瀬より少し痩せている。誠実で知的、いつもは優しく穏やか雰囲気だが、今日は、鋭い視線で周囲を警戒していた。誰もいないことやカメラがないことを確かめている。
竜崎は、東城が誰よりも信頼している仕事仲間だ。
東城は、家でもしょっちゅう電話やメールを彼としていて、広瀬は、二人の会話を聞くことが何度もある。竜崎と話をしている東城は楽しそうだ。
広瀬よりもすっと長い時間を東城と過ごしている、仕事の枠を超えた彼の親友だ。
彼は、踊り場で抑えた声で質問してきた。
「なぜ、君がここに?」
「捜査で、人を探しています」
竜崎は、形のいい眉をあげた。広瀬がここのスタッフの制服を着ているのを見ている。「潜入しているのか?」
「はい」
「どの案件だ?誰の指示で?」
どの、というのはなんだろうか。だいたい、竜崎こそ、ここになぜいるのだろうか。まさか、このクラブの会員ということはないとは思うけど。人は見かけによらないし。
考えていたら厳しい声で言われた。
「君がどういう事情でこのクラブに潜入しているのかは知らないが、ここは、君がいるべきところじゃない。すぐに、潜入捜査は中止したほうがいい」
広瀬は自分の一存では忠告に従うことはできなかった。
「ですが」
「ここがどんな店か知っているのか?」
「はい」だんだん店のことはわかってきているつもりだ。
「だったら、ここにいないほうがいい、という理由がわかるだろう」
それから、竜崎は言葉を切った。ためらうように聞いてくる。「東城は、君がここにいることを知っているのか?」
竜崎の口から東城のことがでてくるとは思わなかった。
親しい家族には広瀬と付き合っていることを告げているから、竜崎にも同じように告げたのだろうか。
「いえ」
「そうか。伝えた方がいい。君がここにいることを、君以外の口から聞かされたくないだろうからな」と竜崎は言った。
それから、再度、潜入捜査はやめるよう言われた。このクラブは竜崎たちの捜査対象でもあるようだ。他の所轄に邪魔されたくないという事情もあるようだった。
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