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第6話
その日はくたくたになって家に帰った。明日の朝には、報告をしなければならない。
結局探している人物はクラブには現れなかった。だが、少しだけ親しくなったウエイターから聞いた話では、似たような人物は先月来ていたようだった。手がかりになりそうなことはある。
竜崎からは捜査をやめるよう言われたのは気がかりだった。彼は別な情報収集であのクラブに来ていたのだろう。だとするとその案件には東城も関わっているはずだ。
小森北署の長谷川は、あのクラブで売春行為が行われていることは知っているだろう。女も男も身体を提供していることは広瀬にもすぐにわかった。
長谷川はそれも知っていて広瀬をクラブに送り込んだ可能性は高い。なんだって、そこまで嫌がらせをされなければならないのか。
まあ、こういういじめ行為は、面白いからとか虫が好かないからといったことだけで、理由なんてないことはよく知っているんだけど。
正直なところ、性的な接触を避けてかわすのは苦手だ。そのことを話題にされるのも好きではない。
報告時の長谷川の様子によっては、手が出てしまうかもしれない。大井戸署から送り出される時に、くれぐれも先方のご迷惑になるなよ、と課長や上司の高田から言われている。
広瀬が暴れてご迷惑をこうむるのは大井戸署もだよな、と思った。
考えなければならないことが山のようにある。
緊張していて神経が高ぶっているのと、慣れない仕事で身体がくたくたなので、おかしくなりそうだった。
外から見た家は灯りがついていた。東城が帰っているのだろう。
玄関を開けると三和土に彼の黒い靴が並んでいる。廊下を通って入ったキッチンやダイニングも暖かい光で満ち溢れている。
だが、家の中には彼の姿はなかった。浴室や一階のトレーニングルームを覗くがいない。
二階にあがった。寝室も明かりがついているがいない。子どもみたいに家の中を探してまわっていたのが相手にわかるのは嫌だったが、灯りもつけっぱなしでいないのは不思議だ。声に出して呼んでみた。
だが、返事はない。
二階の廊下をでて歩くと、東城の部屋のドアが半開きになっていて、灯りがもれている。
ここにいたのか、と思って、覗いたが、やはり、彼はいなかった。
中に入って見回してみる。
帰ってきてここで着替えたようで、スーツの上着とスラックスが無造作に椅子の背にかけられている。ネクタイは椅子から滑り落ちたのだろう、床にくたっとして落ちている。
どうしていないんだろうか。
ネクタイを拾い上げながらそう思った。帰ってきて、急な呼び出しでもあって、また出かけてしまったのだろうか。
会えると思って会えないのはがっかりだ。
部屋の真ん中には、黒い大きなリクライニングチェアがあった。この前、マッサージチェア欲しいとか言ってたけど、このリクライニングの代わりにマッサージチェアにするつもりだろうか。
リクライニングチェアは黒の革張りで、背もたれが東城の姿勢に合わせて倒れている。
大きなチェアは、部屋の中でどっしり安定感があった。
誰かさんが偉そうに座って、どうぞ、と自分の膝にくるよう広瀬に言っているような感じだ。
広瀬は、誘われるように椅子に触れて、腰を下ろした。チェアは柔らかすぎず、適度に固くて、弾力がある。身体を安心して預けられる。背もたれに体重をのばした。温もりもあるような気がする。
手に取ったネクタイを握って顔の前にもっていくと東城の残り香がする。
こうやってネクタイの匂い嗅いだりするのって、変態っぽくて恥ずかしいよな、と思いながらも、こうしていると彼がその場にいるような気持になる。
リクライニングチェアの上で広瀬は目を閉じた。
疲れて帰ってきたっていうのに、なんだって東城はいなくなっているんだろうか。
そう思いながら。
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