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第8話

東城は買ってきたコルク抜きで、赤ワインを開けてくれた。中欧の小国に学会で訪れた親戚からの土産物らしい。 ダイニングテーブルの上には、石田さんが作ってくれたイワシのコンフィとサラダを用意している。広瀬はお腹がすいてきたので、それにコールドチキンを追加した。 食事をしながら広瀬は東城に話しかけた。 「今日、竜崎さんに会いました」 東城は怪訝そうな顔をした。「どこで?竜崎さん、何も言っていなかったぞ」 彼は東城に告げなかったのだ。 「小森北署管内の森潟というクラブです」 「森潟って、どうしてそこに、お前がいるんだよ」険しい口調になる。 「それが」 広瀬は、小森北署に応援に行っていること、昨日からクラブに潜入していることを簡単に話した。 「お前一人、森潟に行かせるって、どういう神経なんだよ。あ、お前、あそこの、あの変な奴に命令されたんだろう」 「変な奴?」 「確か、名前、名前。長谷川。長谷川警部補」と東城は言った。 「知ってるんですか?」びっくりした。 「知ってるも何も。俺も大井戸署にいた時に小森北署に応援で行ったんことあるんだ。あの時、長谷川にすげえ嫌がらせされた」 「東城さんも」 東城はいやそうな顔をしてうなずく。「冬の寒い中、川に入らされたぞ。それから、そうだな。お前に話してるうちにだんだん昔のこと思い出してきた。フレンチとか料亭で、すげえ金額の身銭切らされた。経費では落とせないことわざとさせやがったんだ。嫌がらせのやり方が、ピンポイント過ぎんだよ。あの時は、絶対許さんと思ってたんだが、忙しくて奴のことは忘れてた」 「そうだったんですか」 「あいつ、高田さんと同期かなんからしくて、昔からのライバルなんだとさ」と教えてくれる。 高田は広瀬の大井戸署の上司だ。厳しい人ではあるが理不尽なことはされたことがない。 東城は話を続ける。 「高田さんは長谷川のこと何とも思ってないんだろうけど、長谷川は、すげえライバル心燃やしてて、おまけに高田さんの方が検挙率も高いし、有能で、部下にも慕われてて、要は長谷川は高田さんに全く勝てる要素がないんだ。で、高田さんの部下が来ると八つ当たりしてくんだよ」 そんなことだったとは。聞いてみるとひどい話だ。 「まあ、みてろって。ああいう奴は、そのうちひどい目にあうから」と東城は言いながらワインを飲んでいる。企んでいる顔だ。 「なにかするつもりなんですか?」 「さあな。俺は、善良な市民のみなさんのために毎日頑張ってるけど、お前に嫌がらせした男が安全安心に暮らせるためには、働いてないってことだ」 「仕返ししてほしいとは思っていないんですけど」 「わかってる」と東城はうなずいた。「お前が後から気に病むようなことはしないから」 どうだろうか。自分の個人的な恨みやうっぷんをはらすような人ではないのはわかっているが。

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