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第24話
余韻を楽しみながら、広瀬はベッドに横たわっていた。
疲れてはいたが、身体のそこここがまだ気持ちがいい。
小さな火が指先や心臓、腿の内側で燃えている。ここちよいその熾火を消したくなくて、眠たかったが目を開けていた。
東城が、ペットボトルの水をもって寝室に来た。広瀬に先に渡してくれる。程よく冷えた水を一口飲むと、彼に返した。
東城は、ごくごく喉を動かして一気に飲み干していた。
さっきまで、広瀬を狂わせていた口や身体を広瀬はじっとみた。先ほど一緒に風呂に入った熱さがのこっていて、引き締まった体躯がうっすらと汗をかいている。鍛え上げられた胸筋も腹筋も腕の筋肉も、全部きれいだ。
彼には、広瀬があらがえない力がある。さっきも、彼を思う通りに揺さぶって、ねを上げるまで繰り返し頂点に押し上げた。
この見事に形作られた身体は自分のものだ。他の誰にも触れさせたくない。そんな我儘な欲望もわいてくる。
東城は、水を飲み終えるとベッドに入ってきて、広瀬を抱き込んできて。それから、神妙な声で言った。
「お前に謝らなきゃいけないことが2つある」
甘い雰囲気が醒めていく。
「なんですか?」
改まって言うからには相当のことだろう。広瀬自身も思わず姿勢を正す。
「一つは、実は、我が家の食料が底をつきかけているってことだ」
東城の声音が、遭難した探検隊のリーダーが食事を終えた後のような雰囲気をかもしだす。
「え?」
「今週、お前トラブルっぽかったから、うっかり知らせるの忘れてたんだけど、石田さん、今週、来週と休みなんだ。いっぱい料理作ってくれてたからもう少しもつかなと思ったんだが、さっき冷蔵庫みたらほとんどなくなってた」
広瀬は黙った。いつも以上に食べ物があったので、調子に乗って食べていたのだ。今日あたり追加で補充されると思っていたし、小森北署の件でストレスたまっていたのも原因だ。
「今日の夕飯はなんとかなったけど明日からは、ない」
仕方ないだろう。もっと早く言ってほしかったが。
「朝食は?」
「うーん、お茶漬けくらいはできるかな」俺が食べたんじゃないからな、と言いたそうだった。
「そうですか。外で食べるか買うかしますよ」
「明日、帰りにどこかに行こう。ご馳走するよ。待ち合わせでもするか?」
「東城さんを待っていたら、飢え死にするので、一人で食べます」
「そうか。そうだよなあ」と彼は言った。そして、再度改まった声になった。「もう一つのお詫びなんだけど」どうやらこちらの方が重大な謝罪のようだ。
「なんですか?」
「お母さんが、お前に頼み事があるっていうんだ」
広瀬は黙った。頼み事って、なんだろう。質問したり話を続けたら、Yesと言わなきゃいけなくなりそうだ。
「頼みごとがなにか、俺もよく知らないんだけどな。お前に直接電話してくると思う。断りたかったら断っていいからな。俺に遠慮はいらない」
「直接電話」
「ああ」
「東城さんのお母さんが、どうして俺の電話番号を知っているんですか?」
「お前さ、だって、美音子さんに電話番号とか連絡先教えただろ」
「そうですけど。東城さんのお母さんにはお伝えしていません」
「お前、知らなかったんだな。そうか。そうだよな。後学のために教えてやるけどな、あいつらは実は、集合生命体なんだ。月に何回か集まって長時間にわたり甘いものをだらだら食べながら、あらゆる情報を交換し合うという習性がある。個体は一見別々だけど、実は、『お茶会』でつながっている巨大な生命体だと思った方がいい。お互いが仕入れたあることないことの噂話を全部交換し合ってるんだ。だから、今後はお前も美音子さんはお母さん、お母さんは美音子さんだと思って話をした方がいい」
めちゃくちゃな話だな、と広瀬は思った。しかも、こんな解説してるって知ったら、東城の家族の女性たちは本当に巨大な生命体になって怒ってきそうだ。
おまけに「正体がよくわからない人に電話番号とか、軽々しく教えてはだめだぞ」と東城は説教めいたことまで言った。
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