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第25話
数日後、広瀬は白衣を着て自分の家のリビングにいた。
東城の母親とその妹二人がソファーに座って自分見ながらメモを取っている。
東城が言った通り、東城の母親から電話がかかってきたのだ。
「市朋グループで、この前病院を買収したんだけど、そこの元々の白衣がどうにも野暮ったくて」と彼女は電話口で広瀬に言った。「新しいユニフォームに変えようと思ってるんだけど、広瀬さん、手伝って下さらないかしら」
なんのことかさっぱりわからなかった。
だが、負担は全くない。休みの日にほんの少し時間がもらえればいい。お礼はもちろんします。と言われたのだ。
お礼、というのが、「タイで宮廷料理を修行していた日本人が帰国して、今度レストランを開くことになったの。まだ準備中で、今なら自宅でふるまってくれるのよ」と言うのだ。
「先日、うちのパーティーで来てもらったの。そうしたら、お客様にとても好評だったの。それで、これは、広瀬さんにもぜひ味わってもらいたいって思ったの。どれも、本当に素晴らしいのよ。豪華で飾りつけもきれいで。食材もタイから空輸して、王様が賓客をお迎えするときのお料理を自宅でいただけるの。今、石田さんがお休みでしょう。広瀬さん外食やコンビニ食ばかりじゃなくて、健康にいい美味しいもの食べた方がいいわ」
それを聞いて広瀬は断ることができなくなった。
食べ物につられるなんて、と後から東城に言われたが、大きなお世話だ。自宅でタイの宮廷料理という提案に勝てる人間がいるだろうか。
それで、今日は、東城の母親が来ている。岩居の叔母と初めて会うもう一人の妹も一緒だ。仙台で整形外科をしているらしい。美音子は忙しく来ていない。
三人ともよく似ていて、きりっとした美人で、三人でずっと楽しそうなおしゃべりをしている。
聞いているとつじつまが合わない会話もあるのだが、本人たちはお互いによくわかっているようだ。東城が集合生命体と言っていた理由が、なんとなくわかる気がした。
東城の母親の頼みと言うのは、買収した病院の医師やコメディカルが着るユニフォームを選びたいから、広瀬に試着してほしいというものだった。
全部で、20種類くらいあるだろうか。それらをとっかえひっかえしながら着ていく。
「なんだって、こんなもの広瀬に着せるんだよ」と東城がソファーから言った。
彼は母親が自宅に来る日が決まると、自分も無理に休みをとったのだ。
お前が困らないようにいてやるんだ、と言っていたが、本当はお母さんに会いたいからに決まってる、と広瀬は内心思っていた。
彼は、母と叔母たちのために、花屋を呼んで家の中を飾らせた。玄関、リビング、ダイニング、キッチンと家中どこもかしこも季節の花がいけられている。
さらに、最近話題の有名店の美味しいケーキや焼き菓子を取り寄せ、気の利いた息子よろしくお茶まで入れてもてなしているのだ。
キッチンには既にタイで修行したシェフとそのスタッフがきていて、料理を作り始めている。
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