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第26話
広瀬は青いケーシーを着て、言われるままに名札を胸ポケットにつけ、ペンも胸ポケットに入れる。そして言われるままに三人の女性の前を歩いてみせた。
東城の母親たちはメモに点数を入れているようだ。
「広瀬じゃなくたって、病院スタッフでファッションショーやればいいだろ」と東城は言った。
「わかってないのねえ、弘ちゃん」と東城の母親はあっさり否定する。「スタッフさんたちの誰に着せるといいのかって問題になるでしょ」
「なんで?」
「だって、考えてもみてよ。格好いいスタッフさんだけ集めて試着会したら、病院内で問題になるでしょう。かといって、全員集めるのも時間の無駄だし」
「広瀬も俺も忙しいから、これが、時間の無駄って言われるとなあ」
「そうじゃなくてね。スタイルいい人に着てもらうと、ユニフォームがいいのか悪いのかわかりやすいでしょう。スタイルよくない人が着たら、問題が本人にあるのか、ユニフォームのデザインにあるのか、わからないじゃない」と東城の母は言った。
「ナース服はどうするんだよ」
「看護師のユニフォームでもあるのよ」
「そうじゃなくって、女の子用の、ナース服」
「弘ちゃん、今時、女の子用なんて言わないのよ。女性用のはもう私たちで着て試したから大丈夫」
「お母さんたちが」と東城は言った。
「そうよ」東城の母はうなずく。
東城は、口を開いたが、また閉じた。
岩居の叔母に軽く睨まれたのに気づき、賢明にも心に浮かんだことを言葉にしない方がいいと思ったのだろう。
「本当は弘ちゃんが着てもよかったんだけど、あなたは大きくなりすぎて、特注のしか入らないでしょ。広瀬さんなら、背丈も丁度いいし、手足も長くて姿勢もいいから、試着にはぴったり」
広瀬は、三人の女性の指示通り普通の白衣を羽織った。さっき着たのとどう違うのかわからないが、メーカーが違うらしい。
仙台の叔母が言う。「こうしてみると、どれもそこそこよく見えちゃうわねえ。モデルさんの着こなしがいいから」
「どこがだよ。俺に言わせれば、もっと、その白衣は襟が小さい方がいい。袖も、細身の方がピシッとして見える」と東城は言った。さっきから、どの白衣についても酷評しているのだ。
「結構うるさいのね」と岩居の叔母が言う。「まあ、あなたが着てるもの見たら、かなりファッションにはうるさそうだってわかるけど」
「ユニフォームっていうのはチームへの帰属意識を高めるし、着ているだけで仕事への責任感も生む大事なもんなんだから、うるさく意見をいうのは当然だ」と東城は言った。
「あら、その調子で市朋グループのことサポートしてくれると嬉しいんだけど」と東城の母親が言う。
東城はそれには、「その話はまたいつか」とごにょごにょ語尾をぼかして答えていた。
その後も母親や叔母たちとああでもない、こうでもないと親し気に言いあい、広瀬にはわからなかったが、何着か決定したようだった。
一通り試着が終わると、やっとタイ料理にありつけた。
大きなダイニングテーブルに次々並べられる料理の数々は、カラフルで思っていたより優しい味だった。少し日本人向けにアレンジしているとのことだった。健康にもいいということだった。
あらかじめ東城の母親が説明してくれていたのだろう、どの皿も広瀬に合わせた量だった。広瀬は、全てを美味しくたいらげ、大満足だった。
シェフが挨拶と今度オープンする店の案内をした。
東城の母と叔母たちは、市朋グループのどこかで、このようなタイ料理を出してもいいのではとビジネスの話をしていた。美味しいものは患者さんにも患者さんの家族にもいい効果があるから、と言っていた。
東城はずっと会話に加わっていた。
母親や叔母たちと話している東城の様子は、集合生命体の一部だった。
その生命体は、ふわふわしたいい香りで、綺麗な色がついていて、楽しい話を終わることなくしているのだった。
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