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もう一つのリクライニング 2
彼女との関係がいつからギクシャクしてしまったのか正確にはわかっていない。
もしかすると、最初からだったのかもしれない。お互いに恋人から夫婦という世間体のいい枠組みに収まり、上手くバランスをとっていたのだ。
はっきりしているのは、自分がそのバランスをとれなくなってしまった、ということだ。
最初はわずかなずれだったのが、だんだん大きくなり、ついには壊れてしまったのだ。
数年前、福岡が左遷されてチームが解体した。竜崎はチームを維持することに奔走したが、かなうことなく、むしろ自分の身を守ることに専念せざるを得なくなった。
その間、東城は大井戸署に異動になってしまったが、竜崎との親交は続いていた。
結婚した竜崎の家にも来ていた。
会うたびに東城は違う彼女の話をしていた。どの女性のことも、美人で有能、かわいい深窓のお嬢様といったことを、臆面もなく自慢していた。そのくせ、長続きしたことはなかった。
ある時、派手に遊んでいた東城が、急に私生活の話をしなくなったのに気づいた。
最初は、特定の彼女はもたずフリーの状態を楽しんでいるだけなのだろうと思っていた。だが、短期間の遊びについても話すことはなかった。
もしかすると、相手がいて、それは誰にも言えないような女性なのではないか、と思った。
相手に夫がいる不倫なのか。警視庁内で話題になるのを避けなければならないような女性なのか。
いずれにしても、いつも通り長続きしないだろう、と思っていたのだ。
だが、東城は相手のことについて口をつぐんだまま、その関係は長く続いていた。以前は彼女がいても平気で参加していた合コンも軽い遊びも断っていた。
本気の相手か、と竜崎は思った。
その時もまだ自分の中のバランスは崩れていなかったのだ。
東城が本気ならば、いずれその女性との関係の諸問題を解決し、家庭を築くだろう、くらいの想像をしていた。
バランスが崩れたのは、ある事件の最中に、東城の相手が女性ではなく、広瀬彰也という大井戸署に勤める刑事だということに気づいた時からだ。
意外なことにさして驚きはしなかった。
広瀬彰也は、美しい青年で、底の見えない不思議な目をしていた。つい、覗き込んで引き込まれてしまうのだ。東城が引きずり込まれたのも容易に想像がついた。
仕事の中で、広瀬彰也がどんな人物かを知っていくと、東城が、彼に夢中になるのは十分に納得ができた。東城は心から愛する相手を見つけたのだ。
そして、そのことで自分がバランスを崩したことに気づいたのは、少しあとだった。
女性が好きだとばかり思っていた東城が、選んだ相手が男性だったことが、頭の片隅からじわじわと感情を侵食してきたのだ。
彼のことを想っていた自分に気づいてしまった。
東城にとっては、愛する相手の性別など関係ないことだったのだ。
では、それが自分であってもよかったのではないのか。
自分ではなかったことがショックなのか、自分にももしかしたらチャンスがあると心のどこかで思っているのがショックなのか、今でもわからない。
遅くに来た恋の感情は、苦しいものだった。
そして、妻は自分の異変に気付いたのだ。もしかすると、彼女の方が自分のことをよく知っていて、いずれこうなることがわかっていたのかもしれない。
彼女は多くを語らず家を出た。竜崎も彼女を追わなかった。その点では自分たちはお互いをよく理解していたのだろう。
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