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もう一つのリクライニング 3
待ち合わせの時間より20分ほど遅れて、竜崎はバーにたどり着いた。
カウンターには自分と同じ30代前半の男がビールを飲みながら辛抱強くまっていた。
竜崎に気づくと彼は人懐こい笑顔になり、軽く手をあげて合図を送ってきた。
バーで一杯だけ飲み、ほとんど会話はせず、そのまま二人で近くのビジネスホテルへ行き、身体を合わせる。
そんな関係がしばらく続いていた。
彼の名前は悠太という。知っているのはそれだけだ。苗字も、仕事も、どこに住み、家族がいるのかも、竜崎は知らない。聞いたこともない。
悠太は、出会い系のサイトで知り合った男だった。
ネットで情報を交換し、バーで待ち合わせをして、お互いに問題ないことを確認したら、そのままホテルに行く。
バランスを欠いてしまい、まずいと思いながらもそんなことを繰り返していた時に会ったのだ。
そのバーは出会いを探す男たちのたまり場だった。待ち合わせ場所として竜崎もバーを使っていた。
ネットの相手が好みでなくても、しばらく飲んでいたら他のあぶれた男が声をかけてくることもある。
竜崎は、入り口がよくわかる席に座っていた。
悠太がバーに現れ、竜崎に声をかけてきた時外れたと思った。
自分とよく似た背格好で、年齢も同じくらい。
なにか、間違えてしまったのだろう。
探していたのは、もっと背の高い、身体の大きい男だ。
今まで選んだ男は少なくとも背丈はあった。太っていたり、痩せすぎていたり、思い通りではなかったが。
誰でもいいと思っていたが、少なくとも、自分と同じ体形の男と寝たいとは思わなかった。
だが、悠太はそんな竜崎の考えを遮り、熱心に自分を誘ってきた。しつこく口説いた後で、竜崎を彼をホテルに連れ込んだのだ。
「僕は、悠太」
相手は、苗字も言おうとしているので言葉を遮った。
「名前は、名乗らなくていい」と竜崎は言った。
「え、だけど、」
「個人情報は、知らない方がいいだろう、お互いに」
「え、ああ、そうか」と彼は言った。
わずかに肩を落としたような気もしたが、竜崎が気にするようなことではないはずだ。
彼は、しばらくして気を取り直したようだった。くったくのない笑顔を浮かべながら言った。
「だけど、名無しは不便だから、あだ名でもいいから教えてくれないか」
竜崎はためらった。だが、悠太が待っているので答えた。
「雅史だ」ほかの名前も思いつかず、本名を答えた。
「雅史」と悠太は言った。何度か名前を口の中で転がしていた。
それ以上のことを悠太に教えることはなかった。
それ以来、ずるずると関係を続けている。別に悠太を気に入っていたわけではない。
新しい男をみつけるのに疲れていたせいだ。誰に会ったとしても、それは自分が思い描いているのとは違う。だったら、悠太でもいい、誰でも同じだ。
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