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act.1誘惑クローバー<3>

「なんかこのコサージュ、去年とちょっと肌触りが違うかも」 「そう言われればそんな気がするね」 ダンボールの中にぎっしりと詰まったコサージュをいくつか手に取り傷がないかを確かめていた葵がその感触に違和感を覚えれば、奈央も同意してくれる。 「(こう)ちゃんに任せたからな……もしかしたら質下げて予算ちょろまかしたのかも」 奈央のいう”幸ちゃん”とは生徒会の役員の一人の名だ。奈央と同じく前年度から役員だというのにほとんど活動に参加しない彼は、たまに役割を全うしたかと思えばこんな不真面目な悪戯をしでかす。 温厚なはずの奈央も、彼に対しては口調がいささか厳しくなるのも致し方ない。造花とは言え、この学園が用意するのだからそれなりの質を保っていなければならないのだ。 「葵くん、証拠としてこのコサージュ何個か保管しておいてもらえる?あとで幸ちゃん問い詰めるから」 「あ、はい。わかりました」 奈央の指示通り、コサージュをいくつかブレザーのポケットに仕舞い込めば、また褒めるように頭を撫でられる。こうしてごく簡単な役割を与えてくるのも奈央の優しさだと、葵は感じてしまう。 そうして奈央の優しさに癒やされていると、講堂内に次第に人が集まりだしてきた。 学園の代表として祝辞を任されている生徒会長や、全体の司会進行を担う副会長、入学式の音響周りを担う放送部員や、各クラスの学級委員たちも揃い、ようやく本格的に入学式の準備がスタートする。 この学園は基本的にほとんどの行事ごとを生徒会が主体となって運営するのが伝統だ。教員はただ補佐として同席するだけで口出しをすることは滅多にない。 だから学園内では自然と教員よりも生徒会の役員のほうが生徒に対しての力を持っている。特別な存在として崇められるのも無理はない環境だった。 けれど、葵は上級生にすら恭しく会釈をされる身分には慣れるどころか居心地の悪さを感じてしまう。 「藤沢さん。このトランシーバー、使って下さい。今回も裏方のやりとりは全部これで行いますので」 今もこうして放送部の上級生から距離を置いて接されると何とも言えないむず痒さを覚える。けれど丁寧に話しかけられることに対して文句を言うわけにもいかない。 「あと、すみません。クイーンの分も渡して頂いていいですか?その……話しかけ、づらくて」 葵が差し出された無線機を受け取れば、彼はもう一つ同じ型の機器をおずおずと見せてくる。役員と言えど、葵は比較的接しやすいほうらしい。彼が名前を口にすることすら恐れている存在と比較して喜んでいいものか分からないが、葵は快くその願いを受け入れることにした。 目的の人物は舞台袖で一人静かに式典の進行表が記されたプリントに視線を落としていた。 その横顔は彫刻かと見紛うばかりに麗しい。少しウェーブのかかった亜麻色の髪も、長い睫毛も、彫りの深い目鼻立ちも、全てが計算しつくされたように整っている。 「(さくら)先輩」 話しかければ、副会長である彼、櫻はゆっくりと目線を上げてこちらを見てくれる。その動作すら優雅で美しい。けれどその顔に浮かぶのは少し意地の悪い微笑みだ。

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