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act.1誘惑クローバー<4>

「なに、葵ちゃん。寂しくなったの?」 「ち、違います。これ、渡してって頼まれて」 手にした無線機の一つを差し出せば、櫻の形の良い眉がひそめられた。 「放送部?誰の許可があって葵ちゃんを小間使いにしてるの?どいつ?」 無線機ごと葵の手を掴んでくる櫻は、どこをどう見ても機嫌を損ねてしまっている。”クイーン”の名の如く気高い彼は、自分のものと認識している葵がよそ者に利用されたと知って隠すことなく怒りを露わにしだした。 こういう所が他から”怖い”と認識されてしまう要因なのだが、櫻は他者の目などちっとも気にしていないのだから直りようがない。 「大丈夫ですから、怒らないで、櫻先輩」 「やだ。ムカつく」 子供っぽく拗ねる櫻をどうなだめたらいいものか。葵は一つだけ彼の機嫌が良くなる方法を知っているが、それをこの場で実行する勇気は出ない。 「葵ちゃん、シて」 やはり櫻も同じことを考えていたらしい。葵の身長に合わせるように身を屈めてくるのだから、その目的は明らかだ。 「早く。誰か来ちゃうよ。それとも見られたい?」 櫻の手が葵の頬をするりと滑ってくる。その手の動きも、毒々しいほど紅い唇が紡ぐ言葉も、妖しい色を秘めてきた。 「出来ない、です」 「どうして?教えてあげたのに」 櫻に教えられたのは自らの唇を櫻のそれに重ねること。隙あらばこうして何か理由を付けてねだられるのだ。でも葵がその期待に応えられたことはない。いつも痺れを切らした櫻に先に奪われてしまう。 今も焦れた櫻が葵の顎を掴んでくる。 「あ、ちょっと待って」 「なんで?待ったら良いことあるの?ないよね?」 キツイ瞳に見据えられればまともに反論など出来やしない。だから葵は言葉ではなく、彼の胸を押し返すことでその意思を示した。 「反抗的だね。いいよ、もう」 今櫻の機嫌を損なわせたのは間違いなく葵。プイとそっぽを向いてしまった櫻は、もう葵など興味がないと言わんばかりにまた先程までのように進行表へと視線を戻してしまった。 「ごめんなさい、でも……」 「葵、何してる」 慌てて櫻への言い訳を紡ごうとすれば、それは舞台からの呼び出しで叶わなくなってしまう。 「ここ、置いておきますね」 櫻の分の無線機を近くの椅子の上に置き、葵は慌てて舞台の真ん中でこちらを見ている人物の元へと駆け出した。その背中に視線を送る櫻の表情に気付いていればきっと葵はすぐにでもフォローをしに舞い戻っただろう。だが生憎葵は微塵も櫻の放つ怒気を察していなかった。

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