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act.1誘惑クローバー<5>

「そろそろ新入生の受付が始まる。早く持ち場に戻れ」 葵を呼び出したのは学園のトップに君臨する会長の(しのぶ)。ダークグレーの瞳を隠すように掛けられたノンフレームの眼鏡も、きっちりと整えられた制服も、そして口調も、堅い人物と思わせる要素だが、本来の彼の気質は随分と危険なもの。 今も、葵を叱る真面目な生徒会長然としているが、その手はちゃっかり葵の腰に回されている。その手つきはいやらしい。立ち去れと口では言うものの、離れがたいと言わんばかりの仕草には葵も困りきってしまう。 「いいか、身の程知らずなガキに声を掛けられても、俺の名前を出して断れ」 「何の話……ですか?」 「本当ならお前に新入生の対応などさせたくないが、人手が足りない。全く、嫌になるよ」 忍の指示は葵にはさっぱり理解できない。新入生の胸に奈央が持ち込んだコサージュを付ける作業のどこに懸念点があるのだろうか。 「ちゃんと出来ますよ?」 葵が唯一思い浮かんだのは、そんな簡単な役目すらこなせないのだと忍に思われてしまっているということぐらい。だから少し悔しさを滲ませながら反論してみせる。 「そうではない。可愛いお前に触れられたガキ共が馬鹿な気を起こさないとも限らないだろう?」 腰に回った手にグッと力が込められ、抱き寄せられたかと思うと、そのままこめかみへとキスを落とされてしまう。周りには放送部員も教師も居るのに、だ。 もはや周囲から挨拶のようにキスされることは葵の中では日常になってしまったけれど、人前では恥ずかしい。 「きちんと断るんだぞ。変な虫を付けて帰ってきたらお仕置きだ」 櫻を拒んだ時のように忍の胸を押し返せば、もう一度、今度は額に口付けられてやっと解放してもらうことができた。 恥ずかしさに染まる頬をブレザーの袖で隠しながら、葵は急いで講堂の入り口へと舞い戻る。前年度の生徒会メンバーが卒業してからというもの、現行メンバーからのこうしたスキンシップは一層過剰になってきた。嫌ではないがとにかく恥ずかしい。 「あれ、葵くんほっぺ赤いよ?また風邪ぶり返しちゃった?」 「いえ、違います、大丈夫です」 受付に居た奈央から火照りを指摘されて葵は慌てて否定する。奈央だけはよく頭を撫でてくれるぐらいで葵の恥ずかしがることはしてこない。だから奈央にはつい、葵のほうから甘えてしまいがちだ。 「奈央さん」 「え、ちょ、どうしたの?やっぱり具合悪いんじゃ」 伸ばされた手にぎゅっとしがみつけば、今度は奈央が赤くなる番だ。けれど、奈央は葵の急な行動に驚きつつもよしよしとなだめるように背中を擦ってもくれる。 「ほんとに大丈夫?仕事、頑張れる?」 「はい!」 奈央の優しさを補給した葵は、まだ心配そうに自分を見つめてくる奈央に対し力強く返事をしてみせた。

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