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act.1誘惑クローバー<6>

間もなく始まった入学式は滞りなく進行していた。コサージュを新入生に付ける仕事もきちんとこなせたし、舞台上では葵よりもずっと頼もしいトップ二人が粛々と式典を取り仕切っている。 ただ一つ葵の胸に宿る気がかりは、名簿に二つだけチェックが入っていない名前があること。同じ名字であるからきっと双子、なのだろう。 「この二人、どうしたんだろうね?欠席の連絡、来てるかな」 「あ、職員室行ってきましょうか?そこで聞いてみます」 隣に座る奈央も葵と同じことが気になっていたらしい。けれど、葵の提案にはあまり乗り気ではない様子。 「葵くん一人で?ダメだよ、何かあったら困るから」 「何もないですよ」 「ダメ」 この学園で一体何があると言うのだろう。葵には奈央が止める理由が分からない。でも普段は何でも葵の意思を尊重してくれる奈央が頑なだから、葵も折れるしかない。 「じゃあ、奈央さんも一緒に行くのはどうですか?」 「二人で?うーん、どうしようか。ここが空っぽになるのもなぁ」 これも奈央は即答してくれない。けれど、そこへちょうどいいタイミングで教師が一人声を掛けてきた。 「悪いけどどっちか、これ校舎に運ぶの手伝ってくれないか?本当は教室に運ばなきゃいけないのに、間違えて講堂に持ってきた奴がいたらしい」 教師は両手に抱えた大量のプリントを示してくる。そこには今後のガイダンスが記されていた。言葉通り、入学式後、教室に分かれた後で使われるもののようだった。 「僕行きます!」 絶好の機会を逃すわけがない。それに雑務は極力自分が引き受けようと心に決めている。名乗り出た葵を、奈央は今度は止めずに見送ってくれる。 「え、藤沢か。お前持てるのか?」 「持てますよ、ちゃんと」 不安そうなのは声を掛けてきた教師のほうだ。どう見ても非力な葵よりも、奈央に手伝ってほしかったらしい。けれど、やる気満々の葵に渋々といった様子でプリントを分け与えてくれる。その量は教師と比べると極端に少ない。 「もっと持てますけど」 「いいよ、落とされたら困るしな」 「そんなにドジじゃないです」 口答えしてみるが、教師は葵の言葉をスルーして先に進んで行ってしまった。どうしても頼りなく見える容姿が恨めしい。 今年の目標に身長を伸ばして、体重を増やすことも加えよう。葵は誰にともなくそう心の中で宣言した。

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