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act.1誘惑クローバー<9>
「ダメですよ先輩、怒んなきゃ」
「それとも初対面の男にこうされるの、慣れてるの?」
怒れと言われてもブレザーについた芝生を払ってくれる二人に対してそんな気は起きないし、慣れてるかと言われるとそうではない。まとめて返事をするように首を振れば、やはり双子は呆れた顔をしてくる。
「このまま口説いても無駄な気がする」
「うん。今すぐ食べちゃいたいぐらい可愛いけど、困った人だね」
双子の考えていることが分からない葵と違って、彼等の意見は一致しているようだ。妖しげな笑みで両側からチュッと頬に唇を当ててくるが、それ以上のことはもうする気はないらしい。
「で、先輩、俺達に何か用?」
「まさか襲われに来たわけじゃないでしょ?」
「えっとね……」
二人に用件を問われて葵は、ブレザーに忍ばせていたあのコサージュの存在を思い出した。本当は奈央の言いつけで預かっているものだったが、入学式をサボる二人にはちょうどいいプレゼントになる。
けれど、ポケットから取り出したそれは、葵が不用意に寝転がってしまったせいでぺしゃんこに潰れていた。
「あ、ダメだ。これ、二人に渡そうと思ったのに」
失敗してしまったと悔やむが今更取り返しがつかなかった。花びらの歪んだコサージュなどぴかぴかの制服を身に着けた彼等には似合わない。
だが葵が再びコサージュを仕舞おうとすれば、双子が思わぬことを言ってくる。
「「それ、下さい」」
「でも、ぐちゃぐちゃだよ?新しいのまだ講堂にあるから、それあげるよ」
受付のダンボールの中にまだいくつか余りがあったはずだ。それを思い出して葵は立ち上がろうとするが、両側からがっしりと抱きつかれては身動きすら取れない。
「それが欲しいです」
「先輩、つけて?」
生意気そうな顔立ちだが、葵の顔を覗き込む仕草は年下らしく甘えが見える。普段周りからは子供扱いされる葵は、こうして”先輩”とねだられる経験など皆無に等しい。くすぐったい感覚に、思わず頬が緩んでしまう。
二人の願い通り、ブレザーの胸元にきちんとコサージュを飾り付けてやる。だが、実際付けてみるとやはり潰れた悲惨さがよく目立つ。
「本当にこれでいいの?」
「「もちろん」」
葵は自分なら新しいものが欲しいと思うのだが、二人はなぜか満足げだ。そんな顔を見ると、葵も不思議とそれで良い気がしてしまう。
「入学、おめでとう」
初日からサボる彼等はどんなに悪い子かと思えば、ちっともそんな雰囲気はない。高等部から編入し未だに学園に馴染めていない友人がいる葵は、彼等がしっかりと幸先の良いスタートが切れるようにと、その言葉に願いを込めた。
だが、すっかり葵に懐いた様子の彼等はまたべったりと両側からくっついて動く気配はない。そんな二人をどうやって講堂へ向かわせようか。
葵が思い悩み始めた時、遠くから自分を呼ぶ慣れ親しんだ声が聞こえてくるのに気が付いた。
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